2017/04/23 「続・木瓜爺ブログ」のブログ・ランキング

木瓜爺のブログは、検索で見つけて下さるブログ。つまり、寺社散歩の案内のようなものが多いので、ブログランキングなどには全く興味がありませんでした。ところが、今度使い始めたFC2ブログのほうには、FC2としてのブログランキングが催されています。毎日順位が発表されています。トータルとしての順位と、ジャンル別の順位。順位そのものは気にしないのですが、これが不思議な動きD7A_8085S-芝桜をしますので、それを見るのは面白いのです。

確か初日は、「写真ブログ」というジャンル別で2300位から始まりました。翌日からは、↓が続きました。一日500番くらい下がります。たまに上がることもあって、2000~3500位の間をうろうろしていました。所が一昨日、1247位という今までの最高を記録。へーえ、少しは検索に引っかかりだしたかな? と思ったのですが、土曜日には3243まで急降下。アクセス数がそれ程急低下するはずはないので、これは、土曜日で他のブログのアクセスが増えたために、相対的に順位ダウンが発生したのでしょう。それと、此の日公開時間の設定を11時間間違えたことも影響したのかも知れません。今日は日曜日でしたが、明日発表の順位がどういう所になるのか、興味津々〔日曜日の結果は 2638番でした。 月曜日になると、3359とさらにダウン。予想と違うなあ?〕。

このジャンルの総数は、17、500です。3000番でもまだ上の方にいることになりますが、恐らく真ん中辺は、同じアクセス数で何百件も有るのでしょう。こちらの「木瓜爺ブログ」は、投稿が止まった状態でも、60件/日 附近のアクセスで推移しています(最盛期で平均100でした)。「木瓜爺ブログ」がアクセス50件レベルになるまでに、数ヶ月かかっていましたから、「続・木瓜爺ブログ」は、まだ20~30件くらいの可能性が高いのではないかと思います。

「写真ブログ」の上位ジャンルは「ブログ」なのですが、ここでは総数 101,753中の16,364位。 ビックリするのは、FC2だけで、ブログを投稿している人が10万人以上おられるということです。

ランキングで、最も権威がある(?)のは、日本ブログ村でしょうね。ここは、エントリー方式で、日本のいろいろなブログサイト、自前のブロク、全てが対象で、エントリーした方のブログにランキングが付きます。INが何点でOUTが何点という表示、よく分かりませんが単純なアクセス数ではなくて、複雑な方式でカウントされるようです。上位者には百万を超える数字が並んでいました。よく分かりませんが、FC2の場合、トップレベルにいるのは、芸能人の噂話一覧表みたいなものなどで、なんでこんな物がもてはやされるの?と、首をひねる木瓜爺です。話の種のダイジェストとして重宝されるのでしょうか?

素晴らしいエッセイなどに、巡り会えるのは、トップクラスではなくて、むしろ少し下がったランクです。自分の順位の±10位のブログリストをつくってくれるFC2 を有効利用するのは、自分も読者になって、ご近所さんめぐりをすることのようです。

というわけで、ぽちぽち やっております。

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2017/4/14:  続・木瓜爺ブログの現況

だいぶ手こずりましたが、なんとか動き始めました。まだ検索エンジンに 顔が利かない? ようでして、アクセスは、この木瓜爺ブログの数まで来ていないようです。ランキングでは問題にならない状態。
タイトルだけ、紹介させていただきます。
4/9 4/10 は「飛鳥山でお花見:飛鳥山公園」
4/11 「現徳山 妙見寺」    4/12 4/13 は「西ヶ原 七社神社」
4/14 「桜三昧 浄泉寺から大光寺へ」 
4/15からは、聖蹟桜ヶ丘散歩の続きで、「多摩市散歩:いろは坂桜公園」 「山神社」  「観音堂と寿徳寺」 「諏訪神社」と続く予定です。

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2017/04/09:羽村の春祭り

今年も無事に、春祭りが終わりましが、「木瓜爺ブログ」に嬉しいことが起こりました。
2014/04/14 に投稿した、この祭の一部始終を書いた「羽村春祭」に、45のアクセスがあったのです。三年前の祭の記録ですよ。どういう形でお役に立ったのかは分かりませんが、とにかく嬉しいことでした。現在のインターネット情報は、殆ど使い捨てです。あるとき、すごいアクセスが集中しても、すぐに忘れ去られてゆくようです。 木瓜爺のブログでは、五日市や檜原のお寺が一日だけビックリするようなアクセスがあったことがありますが、これはTVなどの影響でした。
息の長い記事は、「相模湖の注連縄」、これは観光船に乗った方が、あの注連縄何だったのだろう? と、調べたくなった結果でしょう。「APSカメラ」は世界中からアクセスがありますが、あれは多分、どこかでAPSサイズのフィルムを買えないか? という検索に引っかかったものでしょう。

前置きが長くなりましたが、木瓜爺今年も前日の「山車曳合せ」と、当日の「御輿渡御」の写真を写してきましたので、アップしたいのですが、なんせ写真の容量がない!どうしましょう?  山車列素戔嗚尊だけ紹介しておきます。 この真ん中の「山車」がスサノオ「東」の山車なのですが、今回は上部に人形が乗っています。正式に取り付けられたのは、なんと25年ぶりだそうです。人形部分をアップしておきます。いずれ、新ブログサイトの「続・木瓜爺ブログ」で、お目にかけられるでしょう。
 でも、良いことばかりではなくて、今日は川原で御輿を待っているとき、足が攣ってしまいました。傘は差していましたが、濡れたことも原因の一つ、根本的には「年のせい」なのでしょう。

http://zokubokejii.blog.fc2.com/

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2017/04/07: 木瓜爺撮歩80-20 音無親水公園(No.3008)のこと

「続・木瓜爺ブログ」に明日、2017/04/08 に公開するブログのことです。新サイトは一度にアップ出来る写真枚数が4,5枚らしく、OpenLiveWriterで投稿すると、写真が減ってしまいます。やむなく、撮歩80-20を〔前編〕〔後編〕に分けて、一日に2通投稿します。お読みいただく方にはまことに申し訳ないのですが、対策がまだ立ちません。

リンクがうまく行かないようなので、付け直してみます。

http://zokubokejii.blog.fc2.com/

 

 

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2017/04/06: 〔江戸の古社〕;木瓜爺撮歩77-20-2 王子神社(2) (No.3007)

FC2ブログとのリンクが上手くつながらないようです。殆ど同じ内容ですが、バックアップに残して有ったものを公開しておきます。

期待のFC2 が、先ほどログライターとつながりました。まだ、動作安定とは云えないので、どうなるか分かりませんが、メインブログは「続・木瓜爺ブログ」にウエイトをかける予定です。

いよいよ「王子神社」に参拝です。ここは、「新編武蔵風土記稿」では、「王子権現社」です。当時の絵図があります。まずそれをご覧下さい。(この写真が向こうでは小さくなっています)

m77-18-00 王子権現

 

 

 

 

 

「権現様」ですから「寺」寄りです。右端に鳥居がありますが、楼門があり、神楽殿のような建物があり、其の奧に社殿らしき建物があります。右の方には鐘楼めいた建物もありますね。風土記稿の記述ですと、神楽殿、護摩堂、鐘楼があったとされています。この絵の社殿後ろの丘には、天神宮、東照宮も描かれています。『王子権現社 渡殿幣殿拝殿あり 縁起云 紀伊国牟呂郡熊野三所を勧請する所にして 祭神は速玉之男 伊弉冊尊 事解之男 是ナリ 其の年歴は祥にせされと 康平年中 八幡太郎義家 奥州征伐の時 当山にて金輪佛頂の法を修せしめ凱旋の日社頭に甲冑奉納云々とあれは 其より以前の勧請なること知へし 文保元弘年豊嶋氏修造の事あり、其後小田原北條家にても尊信淺からず、上平川内三貫六百文下平川村内二十二貫八十文牛込内三貫百八十文の地を社領として寄附せしこと 【小田原役帳】に見えたり (以下略)』

m77-18-09 F6026 王子神社

鳥居をくぐると、左手に「縁起」が書かれています。m77-18-10 F6031

祭神は、伊弉諾尊、伊弉冉尊、天照大神、速玉之男、事解之男と、ちょっと増えています。これによると、豊島氏(豊島郡の支配者)が熊野三社権現から「王子大神」を勧請し「若一王子宮」として祀ったのが始まりで、それが地名にまで及んだ事が書かれています。 徳川八代将軍吉宗が、紀州出身ですから、ちょくちょく訪れたようです。飛鳥山を桜の名所にしたのも、吉宗将軍のようですね。

m77-18-11 F6032

正面に立派な社殿があります。神棚には、鏡がおかれていて、ここからでも、よく見えます。狛犬は一対。・・・・うーん、この並び配置が、FC2では難しいなあ・・小さい画像でやれたら良いのですが・・・

m77-18-12 F6034

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m77-18-14 F6036 社殿とにかく、お参りして来ます。(続・木瓜爺ブログでは、ここで「飛鳥明神」のことに触れています。)

この神社には、「関神社」というちょっと珍しい末社があります。由来が石碑に彫ってあるのですが、この写真では読めそうもないな・・・説明板によると・・・

m77-18-16 F6018 関神社

『この神社の由緒によると、関蝉丸神社の御神徳を敬仰する人たちが「かもじ(髪を結う時自分の髪に添え加える毛)業者」を中心として、江戸時代に王子神社境内に奉斎したことを創始としています。「毛塚」は釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られた時、貧女が自らの髪の毛を切り、油にかえて献じた光が、大突風にも消えることなく煌煌と輝いたという言い伝えから、毛髪を扱う業者によって毛髪報恩と供養のために昭和36年5月24日、建立されました。』ということなのです。「髢」「鬘」の神社なのですね。横に「毛塚」が出来ています。

では、これで「王子神社」から退散して、お花見に行きましょう。

m77-18-19 F6020

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2017/04/06 本日、木瓜爺ブログ休業!  (No.3007該当日)

撮歩 No.77-20-2 は、「続・木瓜爺ブログ」で公開しました。こちらにも用意されていますが、「下書き」状態で保管しております。

「続・木瓜爺ブログ」へのリンクは、http://zokubokejii.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

で、良い筈・・本人もまだしっかり覚えていません。

 

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2017/04/05: 〔江戸の古社〕;木瓜爺撮歩77-20-1 王子神社 (木瓜爺ブログNo.3006)

撮歩ブログは、新しいFC2 の「続・木瓜爺ブログ」を使う筈だったのですが、ブログライターが、うまく接続できません。FC2を知らないらしい・・・使用するブログの種類とかリモート投稿のWEBアドレスとか、木瓜爺の知らないことを聞いてきます。で、それが解決するまでの数日? 「木瓜爺 うろじウロウロ」の頁を借用しようとしたのですが、こちらは写真枚数に制限があって、5枚しか入りません。従って、細切れ投稿になりそうです。やむなく、残り少ない「木瓜爺ブログ」を使います。

久しぶりに「お江戸の古社」を訪ねます。「王子」にある「王子神社」です。ついでに「王子稲荷」もまわりたかったのですが、なんと、地図を忘れて(正確にいうと、どこにしまったのか分からなくなってしまって)今回は寄れませんでした。

m77-18-01 F6002 王子駅4/4のことです。朝曇っていた空に青空が出てきたので・・・これは昨日書きましたね。電車の経路は幾つもあったのですが、一番高いJRのみで京浜東北線の「王子」に着きました。

ホームから南側に見える丘は、「飛鳥山」です。江戸時代からの花見の名所です。そう高い山ではありません。「王子神社」のあと、此所に行きますが、撮歩No.80-20になる予定。m77-18-02 F6003 飛鳥山

「王子駅」の利用の際、難しいのは、どの改札から出るかの選択です。「飛鳥山公園」に行くなら中央口、「音無川親水公園」や「王子神社」に行くなら北口。この二つの改札の中間に、横断歩道がない広い道路が通っているために、出る改札を間違えると、思いもよらない遠回りをさせられて、ひどい目にあうのです。此の日は、北口から出ることにしました。

m77-18-03 F6006

この階段を降りて、左に出ます。此の日、木瓜爺は神田駅から京浜東北に乗り換えたのですが、ご存じのように、JR山手線は丸くまわっています。東北線も上野を過ぎて暫くしてから次第に山手線から離れて北北西に向かいます。丸く走る電車に乗っていると、方向感覚がおかしくなりまが、それが残っていて、ホームに降りた瞬間は、飛鳥山が北にあるような錯覚を起こしていました。実際は、王子駅の南にあるのです。ですから、飛鳥山に行くなら「中央口」が良いということが分かった駅前の地図をお見せします。m77-18-04 F6007

「現在地」と書かれた場所におります。この地図、今回の「飛鳥山散歩」の範囲を網羅しています。現在地から真南に「王子神社」「音無親水公園」がありますね。その右の広い道路が横断歩道も歩道橋もないのです。横断するには、駅の北側まで戻るか、南の音無橋交差点の方まで行かないといけません。ひどい道路です。m77-18-05 F6009

北口を出てくると、こんな路があります。これが「音無親水公園」に行く道です。結果論なのですが、「王子神社」に行くのも、このみちが近道でした。木瓜家爺は遠回りをして行きます。ここを入らずに線路沿いに進んで、線路の下を通ってきた路に出合う所まで進みました。振り返った写真が下の写真。m77-18-06 F6012

路が二つに分かれていますが、右は「親水公園入口」の前を通る道で、左の方が線路沿いに進んで来た道と思えば良いでしょう。そして、線路をくぐってきた路にぶつかったところで、左折。この道を通って見たかったのでした。というのは、坂道になるのですが、そこに「権現m77-18-07 F6013 権現坂坂」という名前がついています。「権現坂」の「権現」が、「王子権現」なのです。つまり、現在の「王子神社」です。

ここから、広い道をたどって行くと、次の写真の場所に出て行きます。近道もありますが、末社の「関神社」に着きます。ここでは、遠回りして、正面から入りましょう。m77-18-08 F6024 王子神社

 

 

 

 

 

 

「元准勅祭 王子神社」の石碑が素敵です。これ、「元」「准勅祭」です。「勅祭社」というのは、祭りのとき天皇から「勅使」が使わされるという神社です。「准勅祭社」というのは、明治元年、明治天皇が東京に遷都されたとき、勅使を送る12の神社を首都圏?に定められたのです。その一つだったということです。それだけでは「江戸の古社」とは云えないのですが、こちらは、「八幡太郎義家」がお参りしていますからまあ良いでしょう。詳しい事は明日に・・・・

 

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