2014/05/30: 福生徘徊;木瓜爺撮歩83-07 巡光山寶蔵院(廃寺)の観音堂  (No.1971)

「新編武蔵風土記稿」の記述を付けて、リプログしておきます。
『寶蔵院 除地二段五畝 明王山と号す 新義真言宗 当郡大久野村西福寺末 本堂八間に六間 本尊不動木の立像にて長二尺五寸 開基は詳ならず』『観音堂 二間に三間 十一面観音立身の木像 長二尺』

木瓜爺ブログ

福生神明社の初代神職、宮本豊恭さんの話を書く日になりました。5/26の「長徳寺」のブログで出て来た、「宮本」橋というのは、この方の苗字なのです。26日の写真を再掲。左は、交差点。この左に、右の写真「宮本橋」があります。で、交差点のむこうに見える建物が「観音堂」なのです。 ここには、かって、新義真言宗の「巡光山寶蔵院」というお寺がありました。それで、玉川上水にかかる橋も「寶蔵院橋」と呼ばれていたそうです。ここまではおさらい。

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 神明公園を出た木瓜爺、この交差点を目指して、右の方の緑色のガードレール沿いに歩いて来ています。写真の範囲に入るちょっと前にあった社。屋敷神のようです。

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この交差点のところに、寿司屋さんが在ります。和食の料亭というべきかも知れません。目立たないお店ですが「福生では高級料亭だ」と聞きました。かっては、社用族(?)接待用(?)で賑わった時期もあったようです。現在のことは分かりません。営業はしているようです。案外、ご婦人方の隠れ家的ランチで繁昌しているのかも知れません。

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「寿司ふぐ吉田」ということで、食べログなどにも出て来ますが、まだクチコミ投稿は書かれていませんね・・・ スミマセン、脱線しました。木瓜爺も歯を抜かれて、食べられなくなってきたら、逆に食べ物にも興味が出て来たようでして・・・

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観音堂の正面に来ました。明治初期の頃にテレポートしましょう。当時、明治政府は、神仏分離令を出し、日本は神国であるとの理念を強化、傾向としては仏教・寺つぶしをしようとしていました。「巡光山寶蔵院」の住職「憲道」は、この「時勢」を洞察して、まず「還俗(出家を止めて、俗人に戻ること)」し、「宮本豊恭」と名乗ります。ついで、「神職」に鞍替え・・・福生神明社の初代神職に就職します。もともと、別当寺の僧侶は、神職を兼ねている部分もありますので、新しく神道を勉強する必要もなかったのでしょう。そのときに、「巡光山宝蔵寺」を「廃寺」にしてしまいます。困ったのは、寺に墓を預けている檀家です。全員「改宗」を余儀なくされ、「神事によって祭祀を行う」ことになりました。寺を廃寺にするというのは、用意周到なのですね。そっくり「福生神明社」の氏子にスライドさせてしまったわけです。寺がなくなったので、橋の名前も、「宮本橋」に変わっていったとのことです。

「巡光山宝蔵寺」が、どのような歴史を持った寺であったかは、木瓜爺には分かっていません。福生市は、かなり歴史研究をさせていますので、市史などに出ているかも知れませんので、機会をみて探して見ましょう。

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境内に残る「石灯籠」、明治二年という文字が見えます。

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観音堂の内部ですが、祭壇の形は残っています。左の方には、位牌らしいものが並んでいます。これが、神式の位牌でしょうか? 観音様が居られるかどうかは、光ってしまって見られませんでした。ただ、画像データーの方を点検しますと、仏像か人形のようなものが、暗いところに写っています。何かは祀られています。

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DSCF4730 右

 左に見えるのは「雷神」のような形。右は、修業中の菩薩でしょうか?m83-07-07 F4732

 福生の昔話のなかに、この「寶蔵院」が出てくるお話があります。タイトルは忘れましたが、「雨乞い」の話です。雨がちっとも降らないので、村民は「寶蔵院」の広場で「麦わら」で竜を作ります。・・・「麦わら」ですよ、この辺りは稲田ではなくて、麦畑だったのですね・・・それを、永田の水神さま(関上神社・・神明社に合祀されましたが、神社は残っているので、復活したのかもしれません)そばの「竜神ばけ」から多摩川になげ混んで、祈ります。祈祷のあと村人達はごちそうを作り、酒を飲んで、飲めやうたえの大騒動。 大岳山のてっぺんで昼寝をしていた龍神様が、この騒ぎで目を覚まし、一緒に寝ていた「風神」「雷神」を起こして、自分たちもゴチになろうと、飛んで来たので、福生に、雨が降ったというお話です。先ほど「雷神」みたいな像があると書いたのは、このお話を思い浮かべた為でした。

 明日は、このすぐ近くにある「稲荷神社」に行きます。5月も明日で終わりですね。

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2017/07/21 「続・木瓜爺ブログ」インデックスの頁 ご案内

fc2 を使った「続・木瓜爺ブログ」は、相変わらずアクセス数が増えません。この理由は、検索エンジンとの相性にあるらしいのですが、例えば寺の名前で検索したとして、該当ブログがあっても、「決して」というほど「続・木瓜爺ブログ」を探してくれません。zokubokejii を併記していただいても、ドンピシャにはなってくれません。精々「続・木瓜爺ブログ」一括表示です。その中に、zokubokejii のインデックス という頁が引っかかることがあります。この頁、下記にリンクしておきます。時系列で目次が並んでいますので、「目検索」でご利用下さい。或いは、インデックス頁の右端の列をスクロールして行きますと「検索フォーム」という枠がありますので、そこにキーワードとなる神社名などを入れて検索していただきますと、該当するブログがあれば、インデックスに残ります。

http://zokubokejii.blog.fc2.com/archives.html

さて、七月の「続・木瓜爺ブログ」は、「高幡不動」「国分寺薬師堂」「信州国分寺薬師堂」など、お礼参りが続いています。変わり種としては「木瓜爺珍百山18 エックス山」というのが入っています。

 

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2017/06/22: 武蔵御嶽山にお礼参り〔続・木瓜爺ブログ にて〕

年の割に元気に過ごしてきました木瓜爺ですが、とうとう最後の時が決まったようで、闘病生活に入りました。 ピンピンコロリが目標だったのですが、そうも行かないようです。
というわけで、寺社散歩中心であった木瓜爺撮歩は、気力・体力の許す限り、今までの御加護のお礼参りをしておこうと思います。

6/18から、武蔵御嶽神社=御岳山 への「お礼参り」を 「続・木瓜爺ブログ」で書いてております。ただ、投稿に乱れが出て来ていまして、番号を間違えたり、投稿時間の設定を間違えたり・・・ 自己満足の連投もそろそろ終わりそうです。

どうか、最後のあがきをご笑覧ください。
http://zokubokejii.blog.fc2.com/

 

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2016/06/09 裏高尾・小仏街道 のご紹介

m09-17-11 F6611「続・木瓜爺ブログ」のほうで、裏高尾の小仏街道、どんずまり部分を書きました。
「浅川神社」「寶珠寺」「天五色辨天社」などが収録されております。「真の道奧宮道場」には、意識的に寄りませんでした。

 

6/5から6/8まで続いています。http://zokubokejii.blog.fc2.com/

 

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2017/06/03: 奥多摩町棚澤散歩のご案内  「続・木瓜爺ブログ」

2013年の12月に、奥多摩町鳩ノ巣を歩き、続いて白丸の方も訪ねました。今回は、たまたま「将門伝説」のことを思い出しまして、「将門山」で遊びました。

「鳩ノ巣」というのは、JRの駅名から始まった地名ですが、「新編武蔵風土記稿」の頃は「棚澤村」。この「棚沢」は現在も「字(あざ)」として使われています。しかし、「棚澤」の由来を調べようとすると、「多名澤神社」であるとか「穴澤天神社」の“あなざわ”が訛ったものではないかと諸説紛々・・・不思議な場所です。更に「将門とその一族」の伝説が絡んで、何が何だか分からなくなるという、呆けてきた木瓜爺を悩まして(楽しませて)くれる場所でした。そこに絞って、今回の散歩をしております。

「続・木瓜爺ブログ」の2017/5/29から2017/6/4まで続いております。この中で、前のブログにおける「見誤り」にも触れております。どうぞ、ご覧下さい。

http://zokubokejii.blog.fc2.com/

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2017/05/22: NHKの「家族に乾杯」で出た「日の出町の寺社」・・Choi-Boke爺ちゃんブログとのリンク

2017/5/22に放映された「家族に乾杯」。誤解されるといけないので、書いておきます。画面に登場したのは、三吉野の「保泉院」(日の出インターから、600mくらい)、大久野の「幸神神社」(五日市駅から1.2km位、つるつる温泉に入って行く分岐の場所)、塩沢の「寶光寺」(秋川霊園の経営寺、保泉院から1kmちょっと)は両者の中間、この三箇所でした。寶光寺と幸神神社は1.6kmは離れています。TVのように、さっと移動出来ませんから・・・すみません。この距離は地図上の直線距離なので、道程としては、もう少し多くなります。

それで、この三箇所は、Choi-Boke爺ちゃんのブロクで、歩いて居りますので、リンクを張っておきましょう。

「保泉院」閻魔様にお目にかかれるお寺です。https://kzmuraoka.wordpress.com/2012/09/30/

「寶光寺」来年三月、鎌倉の大仏より大きい大仏が裏山に出来るそうです。ここは・・

https://kzmuraoka.wordpress.com/2012/09/21/

「幸神神社」は・・https://kzmuraoka.wordpress.com/2012/08/01/

となっております。

 

 

 

 

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2017/5/20: 多摩ニュータウンの寺社散歩(続・木瓜爺ブログにて)

生活環境(?)を変えた「木瓜爺ブログ」、fc2 のほうで、「多摩市散歩」を続けております。
「聖蹟桜ヶ丘」から歩き始めて、4/18に京王永山駅の近くの「諏訪神社」まで行きましたが、其の後、4/27から「多摩センター」駅に拠点?を移しました。

4/28は「落合 白山神社」 4/29「青木山 東福寺」

5/13は再び永山駅に戻って、5/14「御嶽神社」、5/15「麦花塚」、5/16「貝取山 大福寺」、5/17「貝取神社」、5/18「和田 愛宕神社」。そして、5/21「縄文の村」、5/22「唐澤山 明王寺 吉祥院」、5/24「乞田 八幡」、5/25「八坂神社」・・・

多摩ニュータウンという比較的歴史の浅い印象だった街が、実際には、古くからの歴史があり、かなりの葛藤や思惑が絡んで、故知新築(?へんな日本語作ってすみません)の努力をしてきたことを知りました。この町、今は「高齢化」で、さらなる脱皮を図ろうとしています。どう変わるか分かりませんが、こういう時もあったのだ、という記録になれば・・・・

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