2013/11/25: 多摩湖付近;木瓜爺撮歩72-01 村山・宅部(やけべ)氷川神社 (No.1785)

東京都民用の水道で、多摩川系の水を一時貯蔵しているのが、「村山・山口貯水池」です。二つの貯水池が並んでいて、村山貯水池(通称「多摩湖」)と山口貯水池(通称「狭山湖」)ですが、多摩湖には主として羽村取水口からの水、狭山湖には主として小作取水口からの水が送られています。ここに貯められた水は、湖の中に立っている「取水塔」の下部から取り込まれて、各地の浄水場に送られ、飲める水にして各家庭に配られるのです。と言っても、東京都の東側には行きません。そちらは、利根川系の水です。なお、村山貯水池は「村山上貯水池」と「村山下貯水池」に分かれています。池としては全部で3つあるわけです。

今回の撮歩72は、とりあえず「多摩湖」付近からスタートです。この村山付近は、親友が執筆しているhttp://taji1325.wordpress.com  というブログ・サイトで詳しく書かれていますので、木瓜爺撮歩では足を伸ばしていなかったのですが、たまたま今回、老人クラブの「散歩写真サークル」で、「狭山公園の宅部池」に出かけましたので、木瓜爺なりに描いてみるか、という事なのです。

羽村からは、JR青梅線で「拝島」に、そこから西武新宿線で「萩山」まで行き、西武国分寺線(通称 多摩湖線)に乗り換えて「西武遊園地」下車です。乗換は多いのですが、時間的には1時間ほどで到着します。「西武遊園地駅」は西武山口線の始発駅になっています。この山口線は昔はトロッコ列車みたいな遊園地気分の列車でした。それはさておき、山口線に乗らない方向の後部改札口から、外に出ました。

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線路沿いに坂を下り、右に曲がって線路をくぐります。

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この道の突き当たりがもう多摩湖の東岸です。

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やや広い道路を横断します。すぐ右手に、村山・氷川神社があります。ご覧のように「村社」の石碑。正しくは「宅部村・氷川神社」なのでしょうか?(このあたり、清水村宅部(やけべ)という地名だった時もあり、宅部村になったこともあり、どの段階のものかはっきり調べていません)。「宅部(やけべ)」が読めなくて・・・「三宅さん」の「やけ」なのですね。

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この付近には、「氷川神社」「中氷川神社」が沢山あるようで、前述のtaj1325 ブログでは、「東久留米 氷川神社」「秋津 氷川神社」「三ヶ島 中氷川神社」「山口 中氷川神社」などが紹介されています。

村の名前が何度も変わっていますが、おそらく「宅部(やけべ)村」の鎮守であった「氷川神社」も、貯水池の建設のとき若干の移動をさせられているのではないでしょうか。湖に沈んだ神社などを合祀しているかも知れません。

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m72-01 F5168氷川神社

狛犬は一対。社殿の右隣(神様になって右と書きました)には、赤い鳥居のお稲荷さま。左隣(向かって右)にも白い鳥居のようなものが見え、何かありそうです。

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m72-01 F5173 社殿は前部が拝殿で、奥の方に神殿がありました。主神は「素戔嗚尊」。創建は不明であるが、江戸期以前から祀られていたと、・・・天正19(1591)年の朱印状か何か記録があるようですが、詳細は分かりません・・・・

拝礼をしていると、猫がニャー・・くつろいでいます。

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m72-01 F5176この猫、ここが日向ぼっこの定席のようで、別の日にも出逢いました。

隣のお稲荷さんですが、固有名詞はありません。 さて、反対側の鳥居の奥はどうなっているのかな? 屋根だけのお堂の中に「石物」が並んでいました。

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m72-01 F5099大六天

向かって右から2番目・・・「大六天」です。明治以前のものと考えましょう。「他家自在天」仏教の修行を妨げる悪魔です。左端のほうにも素性のわかる社がありました。

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「大口真神」、武蔵御嶽神社の裏の一番奥にあった、日本武尊をサポートした山犬を祀った神社、あの御札でしょう。

この氷川神社の末社、東村山郷土研究会のレポートでは、湖底に沈んだ村の神仏を集めて並べた物ではないかと言うことでした。ちょっと考察が浅いけど、基本的にはそういうことでしょう。まあ仕方ないですね。末社について、奥歯にものがはさまったような言い方をしたのは、二つ理由があります。一つは、狭山方面に「大六天」の神社が多いようなのです。なぜ、そうなったのかよく分からない・・・もう一つは、昭和51年に「市民参加方式」で多摩湖湖底の発掘をしているのです。このとき、こういう類のものは出て来ていないのか?・・・という疑問でした。

多摩湖作りが始まったのは、大正2(1913)年、つまり丁度100年前のことです。村山上貯水池の完成が大正13(1924)年。村山下貯水池完成が昭和2(1927)年です。村山貯水池建設が決定する前の段階で、別の案もあったのですね。それが、なんと、大久野村・・・つまり「日の出町大貯水池」でした。秋川、平井川の水も入れようという案です。水力発電もしようという計画だったようです。地盤と費用の点でそれが廃案となり、村山に決まったようです。

氷川神社の裏の斜面を登って行くと、面白いお星様・・・

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これは「公衆トイレ」でした。ちょっと、寄って・・・

西武遊園地の展望塔を眺めながら、更に斜面を進みますと、突堤の北端に出ます。

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明日は、堤防の上を南に歩きます。

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