2013/12/29: 奥多摩町白丸;木瓜爺撮歩75-16 白水山本願院 (No.1819)

あと3日で2013年も終わりです。のんびり、ブログを書いている時じゃないのだけれど・・

m75-16-1 F7109白丸の元栖神社を出た木瓜爺。坂道・階段をものともせず(?)登ります。写真では勾配がよく分からないですが、まあ石垣の部分で判断してください。分度器で測ると丁度30°ですね。少し歩くと車道がありました。S字で上に上がっています。それをショートカットする直線階段がありました。m75-16-3 F7124

なになに? 「玉堂の散歩道」ですか・・m75-16-2 F7123

m75-16-4 F7126川合玉堂は1873年生まれですから、白丸に疎開したのは71か72か、木瓜爺の72歳は山に登っていましたから、こんな坂は問題にしませんが、昭和20年頃の72歳も元気だったようですね。

半分登りましたので、お堂がだいぶ見えて着ました。階段の上部左右にお地蔵様方がおられるようです。

この「本源院」もインターネット検索では、断片的情報が散在するだけのお寺です。それをかき集めると次のようになりました。

現在、宗派は「曹洞宗」。創建は1613年(慶長18年)、2代将軍秀忠の時代ですね。本尊は「十一面観世音」とのことです。

m75-16-5 F7129 本源院

一番左は地蔵様、次は、文字が刻まれているようですが読めません。お堂は本堂相当のようですが、観音堂の感じは残っています。多分屋根の印象でしょう。

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こう写すと良い感じ・・・お堂は左右対称ではないので、荘厳さは欠けますね。

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ここから見える山の風景。丁度逆光になり始め、これから苦労させられそうです。とにかく、観音菩薩にお詣り・・・えーと、六地蔵はどこだ? 本堂の左の方に、お堂が見えます。

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中央が阿弥陀様ではないようです。無名のお地蔵様でした。阿弥陀様でない場合、普通は真ん中に「延命地蔵」の大きいのがおられるのですが、ここでは向かって右端「延命地蔵」が6地蔵の一員になってしまったので、真ん中が無名になってしまったのか? 地蔵そのものは、比較的新しいようです。

それよりも、更に左に珍しいお堂がありました。これは珍しいですよ。

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ちょっと暗いかな? 部分図を入れます。

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「子育八幡大菩薩」「千体水子地蔵尊」の共同宿舎です。 八幡様は「応神天皇」として神社に祀られるのが普通ですが、時折「八幡大菩薩」として「僧形」でお寺にも出て来られます。八幡神社と同じく担当範囲は広いので、「子育て」保育園(?)まで担当のようです。なお、八幡様の本地仏は「阿弥陀如来」ということになっています。「阿弥陀如来」は「曹洞宗」には現れない筈なのです。ということは、このお寺は、現在「曹洞宗」ですが、ずっと以前は「浄土宗系」のお寺だったのかも知れませんし、逆に「阿弥陀如来」の代役的に「八幡大菩薩」が登場しているのか? なお、「日蓮宗系」では、「八幡大菩薩」がかなり堂々と祀られていましたね。

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中央の赤子を抱かれた僧が「八幡大菩薩」。両側に中型の地蔵菩薩。そして、前段左右にずらりと並ぶ千体地蔵・・・まだ千体は集まっていません。石垣も面にも、お坊様がおられるように見えますね。

珍しいお堂を写させていただいたので、そろそろ、下ることにしましょう。

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七地蔵さんにご挨拶しましたら、「古参地蔵にもあいさつして行けよ」の仰せ・・・

m75-16-15 F7170

失礼しました。階段を上りきった右に居られたお地蔵様です。

寺の名前「本願院」も、地蔵本願経などから採ったものかも知れませんね。

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