2014/04/30: 檜原街道散歩;木瓜爺撮歩59-11 冨嶽塔 (No.1942)

上川苔・熊野神社から、街道にもとりました。この上川乗の交差点付近には、橋の横の記念碑を別にしても、石碑が幾つも立っているようです。

m59-1101檜原・上川乗

m59-1102檜原・上川乗交差点から見える立派な家。桜も満開です。道をはさんで、石碑「百番塔」。普通は西国33観音、板東33観音、秩父34観音の百霊場を回ったことを意味しますが、この檜原村あたりでは、拡大解釈(?)されていまして、出羽三山なども含めて、沢山の霊場を回った時に建てられているようです。 「浅間嶺」の方に行く登山口がありました。m59-1103檜原・上川乗この道、昔は甲州に抜ける重要な道でもあったように聞いています。山道ですが、要所要所に建てられた石仏などにも逢える道です。南秋川の支流の一つ、「マンナリ沢」をまたぐ橋に奇妙な名前がついていました。m59-1104檜原・上川乗「うながし橋」と読むようです。どういう謂われか興味が湧きますね。しかし、インターネットの検索では何も引っかかりませんでした。カワウでも流されてしまうような急流だったのかも知れません。というのは、南秋川との出合は滝のようになっていましたから。 「上川苔自治会館」の建物。その傍にバス停があります。バス停の裏には公衆トイレ。山の行き帰りによく利m59-1107上川乗用しました。m59-1108上川乗

 

 

 

 

さて、下川乗の方に歩きはじめます。しばらくは、檜原街道の歩道歩き。この辺は、片側にだけ歩道があるので、そこをたどります。

m59-1109上川乗

右下は南秋川。沢の水が滝のように合流しています。

m59-1110上川乗

m59-1111上川乗淡々とした道ですが、多少のアップダウンはあります。ここは下り・・「滑石」という場所のようです。m59-1112上川乗川が右から左に変わります。入沢が合流して、また右に。基本的には、街道は下っています。楽な道の筈ですが、バスの立ちっぱなしが効いてきたのか、ちょっと膝がおかしいです。m59-1113上川乗

 

入沢を超えると、「下川乗」になるのだったかな? m59-1114上川乗水量は、あまり多くないようです。

しばらくは、黙って歩きます。これは、振り向いた方向のようです。

m59-1115上川乗

m59-1116上川乗

山は新緑の時期を迎えています。街道沿いの家には桜が咲いています。

m59-1117上川乗m59-1118上川乗

 

m59-1119上川乗

「下川乗」のバス停があり、その近くにコーヒーショップ。ちょっとよりたくなりましたが、糖分は少ない方がよい・・辛いねえ・・早く正常値に戻って歩いている時くらいは自由に補給したいものです。

m59-1121下川乗

 

m59-1122下川乗

 

 

右手の方に、「中央区の森」などという施設が出来ていました。「環境ふれあい村」と銘打って、中央区が開設した場所です。間伐作業の体験ツアーなどもあるようです。

m59-1123下川乗

 

 

景色を眺めて歩いていると、消防の小屋の横に、石碑が・・・。

m59-1126下川乗

最初は3基と見えたのですが、どうも後列があるようです。

m59-1127南郷

前列は向かって左から「寒念仏塔」真ん中が読めませんね。右は「二十三夜塔」。ご存じでしょうが、「寒念仏」というのは、僧が寒の30日、屋外で念仏を唱える行から始まったもので、寒い時期に俗人も鉦を叩いて念仏を唱え、報謝を請うて、家々を回ったりしました。「寒念仏講」です。「二十三夜請」は、旧暦二十三夜に月を待って飲んだり食べたりする請、田舎では女性達のリクリェーションの場として機能したようです。m59-1128南郷 冨嶽塔

さて真ん中を見に行きます。冨士山が線彫りされています。そして、「嶽塔」。つまり、「冨嶽塔」ですなあ・・冨士講なのですね。南でも北でも山に登れば冨士山が見える谷間の集落ですから、冨士講も盛んだったのしょう。檜原村って意外に裕福だった・・つまり、林業が榮えていた時期は、金も回っていたのでしょう。ここも江戸の大火の恩恵が及んでいたのかなあ? 後列の方はどうなっているかな?

 

 

m59-1131-.jpg

 

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「百番塔」に「馬頭観音」ですね。「馬頭観音」は、旧道にあったものを集めているような感じでした。この檜原街道も旧道は曲がりくねった道でしたが、道路拡張と付け替えがあちこちで行われています。

再び、舗装道路を前進。「京岳」というバス停がありました。どうやら「南郷」の端っこについたようです。「京岳」という山があるのかどうか分かりませんが、一番近いのは「トヤド浅間」という浅間峠の北北東側のピークのようです。*追補  「京岳」は、「新編武蔵風土記稿」では、「下川乗組」の小名「京竹」と書かれています。「下川乗」の東部だそうです。

m59-1201南郷

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