2014/05/01: 檜原街道散歩;木瓜爺撮歩59-12 南郷神社 (No.1943)

五月に入りました。もう2014年の1/3が過ぎ去ったという事ですね。

檜原街道のウォーキング、「南郷」に入りました。m59-1202南郷ここには「南郷神社」というのがあるのですが、さてどこにあるのやら? 地図を見ると丸の中に×印・・交番があるようですよ、聞いてみよう。

m59-1203南郷

ありました。でも、お留守のようです。何か書いてある・・・

m59-1204南郷

こりゃ駄目だ・・「山岳パトロール中」。

仕方がないのでそのまま歩いて行くと、左手のちょっと高い所に、ご婦人の姿発見。早速「南郷神社」の位置をうかがいました。街道に面した入口があるというので、一安心。上川乗の熊野神社で懲りていますから・・

m59-1208南郷

ここだここだ・・奥に鳥居が見えますが、その先は石段のようです。

m59-1209南郷

m59-1210南郷

鳥居をくぐって石段の方に行くと、手洗い場がありました。水道の蛇口がついています。手と口をすすごうと、蛇口をひねったら、「赤い水」が出て来ました。何年使っていないのだ?恐れ入って、手だけ洗って出発。

石段はかなり急です。それで、脇に女坂も造ってありました。広場の隅には墓地があります。遠くから手を合わせて、石段にかかります。

m59-1211南郷m59-1212南郷

 

 

 

 

 

少し登って振り返ると、良い景色です。

m59-1213南郷

石段は、一つ一つの高さが高いので、足には堪えます。これは、運動になる!

m59-1214南郷

下を見ると怖いくらい・・

m59-1215南郷

やっと、上まで来ました。平らな所につくと、腰を下ろしたい・・・いつもより、疲れがでます。いや、お腹が空いたのだ。もうすぐ12時。ここで、お昼にしよう。まずお詣りだけど・・・「南郷神社再建之碑」が立っていました。先に勉強します。

m59-1216南郷

祭神は「大山祇命」「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」「大日霊貴命(おおひるめのみこと)」「加具土命」「猿田彦神」なんだか寄せ集めのようです。よく読むと、康永4(1345)年、当地の峰岸六左衛門という方が、伊豆の「三嶋神社」から分霊して頂いて作った神社が始まり、多分「三嶋明神」だったのでしょう。明治3(1870)年「三嶋大神」に改名、さらに明治29(1896)年「三嶋神社」に改名。そして、明治43(1910)年、「笹平」の「臼杵神社」、「柏木野」の「春日神社」、「出畑」の「日枝神社」と「山神社」、「下川乗」の「神明社」「山神社」2社、「愛宕社」を合祀して、「南郷神社」とした。・・・のだそうです。

間違いなく、寄せ集めだった・・・。

m59-1218南郷

神様方は、全員この中におられるようで、回りに小社はありません。

m59-1217南郷

型どおりお詣りしたあと、再建之碑の横に坐って、昼食を摂りました。伊豆の「三嶋大明神」、現在の「三嶋大社」の祭神は、「大山祇神」と「事代主神」ですね。事代主こと「恵比寿様」はこちらには来られなかったようです。

(追補) 「新編武蔵風土記稿」には、「出野組」の「三嶋社」として、御神体のことが書かれていました。『三島社 除地一段二畝二十八歩 出野ニアリ コレモ小社ナリ 神体三個アリ 中央ハ笏ヲ持テ岩上ニ立テル木像ニテ長一尺二寸許 右ノ方ナルハ弓ヲ執レル立身 左ナルモ立身ニテ トモニ長八寸許ナリ』 ということは、この時期には3神おられたようです。

m59-1219南郷

しばらく休憩して、女坂側を通って下山。これが結構急傾斜で足首が辛い・・・ともかく、無事に街道に戻りました。次は「笹野・神明社」なのですが、4km程先です。一時間歩けるか? バスに乗ろうか? 停留所で時刻を見ると、待ち時間でかなりロスします。もう少し歩こう・・・

広告
カテゴリー: 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中