2014/05/15: 青梅再訪;木瓜爺撮歩79-11 住吉神社 (No.1956)

新しくはじめたこのbokejii ブログ、早くも許容容量の1/4に達しようとしています。小さなWEB用画像にすれば良いのかも知れませんが、自分でも見えないような画像を他人様にお見せするのは申し訳ない。しばらくは、このペースで続けます。

m79-11-01 F4112 住吉神社

住吉神社の社殿につきました。 Choi-Boke爺ちゃんのブログでは、1月17日: 青梅フォトウォーク第2回-4 住吉神社

そのブログには、石段を上がった所にある大きな獅子の写真が入っています。このときは、境内社などのことは書いていませんので、今回は社殿の周囲を見て回ります。

今回も獅子は写してみたのですが・・・m79-11-03 F4113m79-11-04 F4114なんとも始末が悪い・・・

この住吉神社は、応安2年(1369)に僧季庵という方が、「住吉山延命寺」を立てるに当たって、寺の背後の稲荷山に守護神として、季庵の故郷である摂津堺の住吉明神を勧請したのが始まり。永正10年(1513)勝沼城の三田弾正氏宗、政宗父子が改修して青梅村総鎮守にしました。なお、Choi-Boke爺ちゃんのブログの「延命寺」は下記です。

3月12日: 青梅フォトウォーク第6回-9 住吉山延命寺

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社殿の横に、立派な建物があります。社務所や祈祷所などに使われているようです。この社殿と社務所の間に、狛犬がいました。

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この子獅子を見て、昨日の西分神社の「死んだふりしている子獅子」を思い出したのですが、こういうポーズのを後からつけ加えたのかも知れませんね。

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この獅子が守っているのは、こちらの「大鳥神社」のようです。この左に、末社のアパートと、「小林天渕(てんえん)」と、その祖父「小峰峯真」の筆塚があります。小林天渕という画家は、文政7年(1824)新築の拝殿天井に雲龍図を描いた人。筆塚の写真を写そうとしましたら、後ろでアベックが抱き合っていたもので遠慮しました。

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末社のアパートと書きましたが、一つの神社になっているようですね。「祓戸社」でしょうか? 「祓戸神社」というのは、京都や奈良にある神社で、「厄除け、開運」などの神社のようです。祭神が4神なので、祠も四つ。

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大鳥神社はあちこちで登場しますね。「日本武尊」を祭神としましょう。そういえば、住吉神社の祭神を書き忘れていました。「住吉三神」と呼ばれる「底筒男命」「中筒男命」「表筒男命(うわつつのおのみこと)」+「神功皇后」です。

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社殿横の一段高い山頂にあるのは、「地主稲荷」とよばれる稲荷神社。つまり、「稲荷山」の地主さんでした。住吉神社の創建より前からおられるのです。

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ここから見た「住吉神社」。

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住吉神社の奥殿を覗きに行きます。

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この本殿は創建当時からのものでしょうか? 少し火傷があるようです。

本殿の横に、別の末社を見付けました。

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やや古風な狛犬(獅子)がいます。神社の名前は見えないのですが、マークは梅かな?天神様かお稲荷さんかどちらかでしょう。

一回りしましたので、住吉神社を離れ、青梅駅に行きました。途中、屋台で買い食いをしている人々・・・道の両側で、地面に腰を下ろして、食べています。 昔、香港の街角で見たのと同じ景色・・・日本は45年前の香港並みになったのだ・・・・

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