2014/06/26: 多摩川河岸;木瓜爺撮歩84-14 羽村・水神宮 (No.1998)

昨日「千ヶ瀬 日枝神社」の「玉川大神+大山咋神」で、羽村の「水神社」と「玉川神社」のことを書きました。今日は、友田を歩く予定なのですが、我が家からは約3kmなので、歩いて行こう・・それなら、ついでに「水神社」と「玉川神社」に寄れるじゃないか・・と、思った次第。

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m84-14-02 F6107午前中は「晴れ」だそうです。上水の取水が再開されて、水位はすごく下がっています。それでも、下流の方は、水は充分ありそうです。羽村の堰では、取り込んだ水の10%程を本流に放水します。m84-14-03 F6111

 

 

 

 

 

 

それが、この写真の下方、白く流れている水です。取り入れ口の中は・・・

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凄く欲張って取り込んでいるようで、取り込みのトンネルがほんの少し残っているだけです。しばらく、取水できなかったので、せっせと村山・山口貯水池に送っているのでしょう。第2水門と呼ばれる部分ですが、フル稼働?

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m84-14-06 F6087 魚道は水不足問題は、これだけ水を取ると、魚道が通れなくなることです。ご自慢の魚道ですが、水がたまっているだけです。プールが10程出来て居るだけ・・正しい状態は、端の方を水が流れて行くのです。こんな凝ったもの造っても、何の役にも立ちません。必要な水を取り込む時の本流の水位を考えないで設計したのでしょうか? もっとも、魚を運ぶエレベーターを造って、喜んでいる場所もありますからねえ・・・ぶつぶつ行っても始まりません。・・・24日の雨で水位があがり、25日には、流れていました。・・・
奥多摩街道に出て、水神様の前に・・この水神は、玉川上水を造った時に出来たのですが、位置的には変わっています。最初は、奥多摩街道を越えて、本当の川縁にありました。今はそこに堰の管理事務所(監視所)が出来ています。

m84-14-07 F6115玉川水神社

祭神は、「彌都波能賣(みずはのめのかみ)」と「水分大神(みくまりのおおかみ)」。鳩ノ巣の「玉川水神社」では「彌都波能賣」を「罔象女神」と言っていましたね。呼び方はいろm84-14-08 F6116いろあるようです。「水分大神」は、「天之水分神」と「国之水分神」が居られるのですが、ここは川の水の分配ですから、「国之水分神」でしょう。
魚道と取水口、貯水池送りと本流戻し、水分の神様は大忙しですね。
鳥居の額には「水神宮」と書かれています。境内に立っている灯籠は、筏乗りの人々が奉納したもので、流水を描いた図案が彫られています。m84-14-11 F6121

この水神宮の横に、陣屋門が残されています。玉川上水の番人用の番屋があったわけですね。

m84-14-10 F6119陣屋門

玉川上水というと、江戸の町に飲料水を送ったと言う具合に受け取られますが、本当の役割は、武蔵野台地の開拓のために「灌漑用水」を送ることだったという見方もあります。有名な「野火止用水」を始めとして、沢山の分水が行われています。そういう効果を掲げたからこそ、付近の農民達の協力があり、短期間で集中的に造ることが出来たのだろうと言われています。

この「水神宮」には、木瓜爺が楽しみにしている花があります。時々、境内の手入れで迫害され、数が減りますが、今年はかろうじて、5月初めの頃、花を咲かせていました。

m84-14-12 F3428 水神のスズラン

長くなってしまいましたので、「玉川神社」は明日にします。

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