2014/08/07: 滝山街道;木瓜爺撮歩85-19 加住・神明神社 (No.2040)

龍源寺の裾をくるっと回ると、神明神社の入口に行く旧道が出て来ます。写真はその旧m85-19-01 F8327道に入った所です。この神明神社、幾つもの神社が合祀されて、沢山の神様がお住まいのようですよ。神社に立っていた石碑を一生懸命メモした木瓜爺です。せっかくだから、紹介しましょう。ただし、読み方も分からない神様だらけです。「天照大神」「国常立尊」「豊雲野神」「宇比地邇神」「須比智邇神」「角杙神」「活杙神」「意富斗能神」「大斗乃辨神」「淤母陀琉神」「阿夜訶志古泥神」「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」「大国主命」「事代主命」「木花咲耶姫命」。

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記事によると、「神明社の創立は不明。新編武蔵風土記稿」(1826)によると、神明社は現在地、十二天社は森越に、冨士浅間神社は村の南の山上にあった。」となっていますから、「十二天社」と「浅間神社」が合祀されたということですね。この中で、「十二天社」が曲者です。「十二天」には、間違いを含めると3種類あります。一つは仏教の「天部」から来た物で、天部の天、竜神、その他もろもろから選ばれた「天部12尊」といわれる方々、二番目は神様系の「天神七代、地神五代」、三番目は熊野系の「十二所神社」を「十二天神社」としてしまった場合です。ここの場合は、「天神七代地神五代」という正統派の様です。先ほど読み方も分からないと書いた「豊雲野神」「宇比地邇神」「須比智邇神」「角杙神」「活杙神」「意富斗能神」「大斗乃辨神」「淤母陀琉神」「阿夜訶志古泥神」などは「イザナギ」「イザナミ」の祖先にあたる神様です。

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入口から46段ほど登ると、やや平らな道になりました。左側の崖下には、龍源寺の本堂が見えています。

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石畳の上に瀕死の蝉がいました。「ナムアミダブツ」で良いのかな? 右手には社務所らしい建物があります。その横に、手水舎があるのですが、水無しです。平らな部分が終わり、右折して石段を上がります。ここに鳥居が立っていました。

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ここからの石段がかなりの難物です。上までの総段数は、80段ありました。かなり、急勾配なのです。最上部を写しておきました。m85-19-16 F8353

 

45度に近いでしょう? 手すりもないし、下りが怖かったです。

m85-19-10 F8343 最後の鳥居をくぐると平らな境内です。狛犬もいますね。m85-19-11 F8348

 

 

 

 

 

 

 

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なかなかハンサムな獅子です。まだ子供はいないようです。と、思ったら・・・

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こんな所で、遊んでいました。・・この額下の獅子が珍しい存在です。コンクリート社殿にしたときの工夫ですね。社殿の中は見えませんが、屋根を見ると奥殿の部分が神殿になっているようです。「千木」が付いています。木造の「神明造り」という形式に似せているようです。

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お詣りを済ませて、境内の片隅で昼食。例によって、半分だけ・・お腹が膨れて眠くなるといけない・・あとは、慎重に石段を下りました。次に行くのは「勝手神社」です。

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