2014/08/11: 日野市散歩;木瓜爺撮歩63-19 程久保6・秋葉大権現 (No.2044)

2013/10/25 木瓜爺撮歩63-16 で、「程久保神明神社」について書きました。この神社、ZENRINの地図では「秋葉神社神明神社」と併記されているけれど・・という所から始まり、程久保6丁目の「秋葉神社」は、神明神社に合祀されて無くなっているはずだ・・・というところで終わっています。ところが、程久保6丁目には「秋葉神社」が現存しているというコメントやブログが出て来ました。一度自分の目で確かめて来なくてはと考えていたのですが、たまたま、8/4そのチャンスが訪れました。撮歩63は、63-18 多摩動物園 で中断していましたので、-19から再スタートです。

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モノレールからの風景は、ジオラマにすると良い風景のようですね。そういう機能をもったトイカメラもあるとか・・しかし、変なことをしなくても、結構面白いです。よくもまあこんなに詰め込んだものだ・・

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多摩動物園駅でおりて、用足しをしたあと、多摩テック方面に向かいます。七生バッティングセンターの横に「秋葉神社」があると教えて貰っています。まずはバッティングセンターさがしです。あのネットみたいな物が見える所かな?

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近づくと、ネットの手前に公園の入口がありました。「都立七生公園」です。

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案内図を見ると、ムシ取りできる公園なのかな? 池もあるし・・・今日は寄りませんが、里山あそびは出来そうです。

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兜の書かれた道標を見たら、平山城址公園まで行きたくなってきました。あそこには、個人名の神社があるんだよな・・・久しぶりに逢いに行くか・・・歩いたのは、50年以上前のことですから記憶は殆どありません。

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バッティングセンターを通り過ぎた所に、鳥居を発見しました。まず、草むらの石碑から見て行きます。

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二基とも庚申塔の様です。左は日月も見える青面金剛、右は下の台座に「庚申」の文字がありました。上部はよく分かりません。何か面白い形のようなのですが・・

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鳥居の左手に石碑があります。「秋葉大権現」の後ろにある文字碑が極めて重要な物でした。この「秋葉大権現」についてブログを書かれた何人かの方が、この文字碑を読んでいないのが何とも不思議なのです。

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「秋葉権現神社一体(一帯のことか?)を江戸時代鷹山(お鷹場のことか? あるいは鷹の訓練所か?)に定められ上講中お鷹番の役を命じられ旗本曽根市之丞(地頭)より毎年報酬を頂き神社費にあてた。秋葉神社は明治43年他社2社と共に神明神社に合祀された。その後も火伏の神として人々から深く信仰され・・・」で、鳥居と参道を奉納したというのです。石碑の下半分は寄進者の名簿です。

つまり、正式の神社としては、明治43年に神明神社の方に合祀されてしまったけれども、信者としてはこちらを拝んでいたということですね。そして、鳥居を立て、石段を復活させて、神社の復活を果たしたのです。この石碑は、昭和60年1月に造られています。ですから、ブログを書いた方々はご存じの筈です。だのに、何故あんな中途半端な紹介になるのかなあ??

ご存じない方のために一部を書くと、「秋葉大権現の祠の中にあったのは道祖神だった」とか・・・確かにあるのです、でもそれは末社です。木瓜爺は、ちゃんと見てお詣りします。

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石段の一番上に社殿があるのですが、左側、灯籠に半分隠れた赤い祠がありますね。

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この写真で説明しましょう。墓石みたいな物が左に2本ありますね。あれに「秋葉大権現」と彫られています。多分合祀される前のものが残っているのでしょう。そう考えないと、後ろの赤い祠が「秋葉大権現」に見えてしまいます。でも、祠の中身をみれば、明らかに違うと分かるのです。

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これが中身です。「奉造 道祖神」と彫られています。疫病除けなどの目的で造られた道祖神でしょう。相模湖の湖底にあるという「道祖神神社」の実態は知りませんが、ここはまさしく「道祖神神社」ですねえ・・そして、前に建てかけられた札には「金神之大神霊」と書かれています。こういう新興宗教があったと記憶しています。後ろの道祖神には関係なく、御札だけ紛れ込ませたものではないかな? 総合して、非公式な末社が出来ていたわけです。

さて、本殿のほうはどうなっているのか・・・石段を上ります。全部で80段以上ありました。最後の所は、手すりが造ってありました。大助かりです。

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話を戻しますが、鳥居と参道整備だけで、引っ越した神様が戻ってきてくださるのでしょうか? ここが最も不審な部分だったのです。でも、中を覗いて、疑問が氷解しました。

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小屋の中には、小神殿が造られ、その中に「正一位秋葉神社」の御札が祀られていたのです。つまり、「分霊を勧請」していたのです。これなら、こちらも「秋葉神社」であると云えるでしょう。ブログのタイトルは、石碑に倣って「秋葉大権現」としておきました。
「神様」というのは、神社に祭られて人間の信仰を集めるのが普通でしょうが、この秋葉大権現のように、引っ越ししたと分かっていて、人間が信仰を結集させて神様を呼び戻す(?)というのも有るのですね。 こういうのは、神社庁には登録されない「もぐりの神社」になるのでしょうか。

宿題を一つ片づけられて、木瓜爺喜び勇んで、平山城址に向かいます。3kmくらいあるかなあ? 現在11:00 お昼は城址公園で食べたいのですが・・ 住宅開発で、昔の登山道はなくなっているでしょう。住宅街を抜けて行くのは意外に時間がかかることもありますね。

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