2014/08/13: 日野市散歩;木瓜爺撮歩63-21 平山季重(すえしげ)神社 (No.2046)

平山城址公園に入りました。この城を造ったといわれる「平山氏」は、正しくは「日奉(ひまつり)氏」・・・京都の朝廷から命じられて、武蔵国に国司として赴任した「日奉宗頼」の末裔です。宗頼は任期が終わった後も京にはもどらず、こちらで勢力を伸ばします。一族は、平将門の乱のころには、武蔵七党のひとつである「西党」という武士団を形成しています。平山季重はその武将です。平山氏の中で、最も有名な武将でしょう。m63-21-01 F8669

平山城は、かなりの規模を持っていたようで、城址公園になっていない場所にも遺構が見つかっているとのことです。

今「現在地」の赤いところにいます。真っ直ぐ南(この地図では上方)に下って、池のある所で、弁当にします。この道、坂道ですが、平らな部分には、ベンチを豊富に作って有るようです。

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どんどん下って行くと、池がありました。左の方に広場があり、四阿もどき の休憩所もあります。池の横には、砦もどき も作って有りました。

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禁止条項が多いですねえ。 四阿もどき の近くのベンチに座って、昼食を摂りましm63-21-05 F8686た。うーん、一服付けたいなあ・・・と思ったら、横に看板。

木瓜爺、怒りはじめます。この看板、喫煙者は公園利用者と見なしていないのがけしからん! 分かった、出て行ってやる!m63-21-06 F8689

 

砦もどき では吸っていますねえ・・あれは「タバコではなくて、危険ドラッグだから良いのだ」・・・なんてことになっているのかなあ?

公園を出て、前の道をちょっと入った所です。右側には鎖が張ってありますが、車で入るなという事のようです。昨日載せた「七生丘陵散策西コース」の地図は、この看板でした。下の方に「季重神社境内」と書かれています。鎖をまたいで進むと「季重神社」に行くようです。

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小型の鳥居と社殿が見えました。これが「季重神社」なのです。季重という方は、勇猛な武将であると同時に、なかなか頭も良い方だったようです。それは、彼の経歴から察する事ができるのです。

彼は、源頼朝の旗揚げに応じて、源氏に加わるのですが、直接の上司は「源義経」なのです。義経の「義仲追討」、平家との闘いでは「一ノ谷の合戦」「屋島の合戦」と、義経奇襲部隊の一角として武功を上げ続けます。そして、義経が京都警備に当たったとき、「季重」も上皇警備の「武者処」を務めます。この時の職名から、後に「平山武者所」という呼び名が生じ、平山城付近でも使われたようです。それはともかくとして、後白川法皇の「頼朝、義経分裂の陰謀」にまんまと引っかかり、「季重」も「右衛門尉」という官位を受けてしまうのです。鎌倉に戻ったとき、「頼朝」に「無断任官」だと、ののしられることになってしまいました。義経はこの一件で、腰越から東に入れなくされてしまうのです。あの頼朝に睨まれるというピンチ・・「季重」の凄いところは、このあと、奥州に逃れた「義経」を討伐する「奥州世伐」で、武功を立て、鎌倉幕府に信用され、幕府の元老の一人になっているのです。後に3代将軍になる「実朝」が生まれた時は、誕生祝いの「鳴弦」とかいう大役(儀式で弓の弦をならすのでしょうか?)を果たしたそうです。建暦2(1212)年、73歳で没したことになっています。当時としては長寿だったのでしょうね。そういう方だから、個人名の神社が出来てしまったのでしょうねえ。

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後ろから入ってくる形になっています。狛犬は子連れ獅子型です。

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社殿にも表札が付いていました。驚いたのは、賽銭箱に書かれていたことです。なんでも、三回賽銭泥棒があって、警察から賽銭箱の撤去を指導され、一旦は「賽銭箱なし」にしたのだそうですが、参拝者からの要望で復活させたのだそうです。賽銭箱の管理も大変なようです。

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この神社の位置ですが、どうも平山城の「物見台」、若しくは「櫓」のあった場所のようです。現在は展望はききませんが、周囲の樹木を小さくすると、そういう役割が果たせそうです。

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神社の正面に石段でもあって、そこから下るのかと思ったのですが、絶壁(?)です。どこから下るのかなあ? と鳥居を出て見直します。

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道標の横から、下に降りる道がありました。ここから下ってみます。

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柵が付けてある道です。急な下りですが、怖い道ではありません。ただ、時々急角度に曲がらせます。やはり、砦の道だなあ・・

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下に広い道が見えて来ました。地図にある道に出たようです。

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広い道に降りた所に道標がありました。「山道を経て都立平山城址公園」と書かれている方向から下って来たのです。さて、駅に行くには右なのですが、「宗印寺」に行くには、左のような気がします。カンを働かせ・・・多分、大昔の潜在記憶みたいなものが働き出しているのでしょう・・・左に行く事にしました。

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左は登坂なのですが、車が通る道ではないようですね。

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