2014/08/29: 続・檜原村散歩;木瓜爺撮歩87-01 藤原・春日神社 (No.2062)

檜原村の散策ブログというのは、木瓜爺が書き始めた頃には殆ど見あたりませんでした。登山と結びついたものは有りましたが、登山をする方は、何故か信仰心(?)が乏しいらしく、神社仏閣などは素通りです。ちゃんとした山に登れなくなってきた「Choi-Boke爺ちゃん」が、「松龍山」などいう山(号)や神社を書き始めて、やっとそういう檜原の楽しみ方が出て来たようです。ご同慶の至りです。
さて、その檜原シリーズを再開します。撮歩59のシリーズでは、檜原街道を都民の森から払沢の滝まで下って来ました。檜原には、三頭山から始まる「秋川」の他に、支流の「北秋川」が有ります。今回は、この北秋川沿いの寺社めぐりです。

バスで、一番奥にになるのが「藤原」という場所。そこに「春日神社」という古社があります。ここも「都指定文化財の獅子舞」が伝わる神社です。この奥にもう二つ神社があることが、現地で分かりましたが、いかにも山奥。身体が動いてくれれば、補充したいのですが、見込みないかな?

出かけたのは8/18でした。武蔵五日市駅前、藤原行きのバスは本数が少ないのです。7時に羽村を出る電車で、五日市に7:36着。バスは7:43。急いで乗り場に行ったのですが、長蛇の列。ちょっとビックリしました。

登山客ではなくて、学生とサラリーマンのようです。ぎりぎり座れましたが、五日市警察の所で殆ど下車。警察に勤めている人達だったようです。本宿のちょっと手前辺りで、中学生が何人か乗ってきましたが、払沢の滝入口で、若干の登山客と中学生がおりると、あとは運転手と木瓜爺だけになってしまいました。これは赤字だなあ・・・

m87-01-02 F8887

千足、白倉、宮ヶ谷戸、小岩などという、山歩きしていた時の思い出のある地名を通り過ぎて山間に入ると、崖崩れの防止工事を行っていました。このあたりも、大雪の降ったとき、孤立してしまった場所です。やがて、終点藤原に到着。8:30です。

m87-01-03 F8888

バスを降りて、辺りを眺めます。左の方にお地蔵様が居られる見たいです。

m87-01-04  F8889

この一角、石ものが集まっているようですね。

m87-01-06 F8892m87-01-05 F8891

m87-01-07 F8890左は「二十三夜塔」右は「三界萬霊塔」ですね。こちらが、地蔵様と「多宝塔」。地蔵様は保護されているようです。

さて、春日神社にはどう行くのかな?

一旦少し戻って、バス停に入る寸前の十字路に出ると、地図がありました。

m87-01-08 F8897

 

 

 

 

 

m87-01-09-F8898.jpg関係するところを拡大・・・春日神社へは、左から回って行くようです。バス停のある道を入って行くと、小林家という文化財になっている家の方に行けるようです。途中の分かれ道に鳥居マークがありますね。ここは寄ろうと思ったのですが、あとでアクシデントに見舞われたら忘れてしまいました。いずれ補充予定・・・歩いた方のブログを拝見すると、春日神社に合祀された熊野神社が復活しているようです。とにかく「春日神社」を目指して歩き出します。と、思ったらまた石碑と仏様。

m87-01-10 F8900

 

左の小さいのは、「馬頭観音」の文字碑、大きい方は「仙元大神明藤開山」とあり「村上講中」となっています。この中の「藤」は「冨士」を意味するそうで、冨士浅間神社の信仰と同じとみて良さそうです。

江戸時代、冨士山の噴火がありましたね。それに伴う飢饉なども発生したりしました。そう言うこともあって、冨士山信仰は広がったのかも知れませんねえ。ただ、この石碑自体は、文字もちゃんと見えますし、もう少し新しいものかも知れません。

m87-01-11 CF8902

あの、上がっているガードレール、あれを上って行くようです。

m87-01-12 F8904

m87-01-13 F8906

平になり、なおも進むと、ややこしい分岐点が出て来ました。この場所の右手に神社がありました。

m87-01-14 F8908

鳥居に春日神社の額が付いています。神殿は開放されています。小さいけれど、石を積んでちゃんと作った神社ですね。

檜原には、春日神社が3社あると言われています。ここ藤原と、神戸、そして本宿です。この藤原のは、「藤原・春日神社」とか「中組・春日神社」とか呼ばれるようです。中組というのは、江戸時代の檜原は天領で、代官の下に23組の自治会(?)があり、その一つです。この神社の祭神は、春日大神だけではなくて、明治40年頃に、付近の神社を「神寄せ」したようです。山神社2,日枝神社、鹿島神社、熊野神社が合祀され、現在の祭神は「天児屋根命」「大山祇命」「猿田彦神」「武甕槌命」「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」の6神になっていると、多摩の神社準備室に記載されています。昔は、「倉掛、沢又組の鎮守」で、永禄3(1560)年に再建した記録があるとか・・なお、ここの別当寺は「宝蔵院」と書かれています。これが、夏地の「宝蔵寺」のことか、バス停あたりに「宝蔵院」があったのか、首をかしげています。現地の感じでは後者のように思います。

m87-01-15 F8910

狛犬は、新しいものです。社殿の上の方に、烏天狗みたいな面がついています。猿田彦神でしょうか?

m87-01-16 F8913

m87-01-17 F8914

 

 

 

 

 

オープンされている社殿に進み拝みました。祈祷所になっていて、神殿は上の方にあるようです。階段が作られていました。

m87-01-18 F8916

m87-01-19DSCF8921

後部が一段高くなっていて、神殿が有るようです。その左の大きな杉は、「藤原の小杉」、その横に株だけ見えているのが枯れてしまった大杉でしょうか? ここで、アクシデントに気が付きました。場所を変えようと、HS30の電源をOFFしたのです。なのに、ON状態のままです。おかしい・・・何度OFFしても切れません。困った、これでは電池がすぐあがったりになる。どうしようか? 電池を抜けば良いかな? 電池を外すとOFFになりました。面倒だが電池の入れ外しでスイッチ代用にしよう・・電池を外すとOFFになりました。

ところが、外した電池を入れ直しても、ONにならないのです。メカ的なスイッチならつなぎっぱなしになっている筈なのに、なんでOFF状態なの? 訳の分からぬ構造らしい。というわけで、カメラ故障です。仕方がないので、コンパクトのR2 を引っ張り出しました。以下、すべてR2の画像なのです。R2に入っているSDは500MBしか有りません。画像が小さいので、100枚位は撮せるでしょうが、少々心細い。小岩辺りで、中途打ち切りになりそうです。

ぶつぶつ言いながら、バス停に戻る途中で、標識を見付けました。

ここから、石段を下ると、バス停の所に下れるようです。ただ、苔がついた石段で、滑りそうなので今回はもとの道を戻ることにしました。

さて、交差点に戻り、北秋川そいに戻ります。

広告
カテゴリー: , 里山, 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中