2014/08/31: 続・檜原村散歩;木瓜爺撮歩87-03 笹久保・貴布禰(きふね)神社 (No.2064)

八月も終わりです。昨年はChoi-Boke爺ちゃんのブログで、夏休みの昆虫撮集結果を報告したのですが、今年は収穫0です。それだけ川原を歩かなくなったと言うことです。年々、衰えているのがよく分かります。

檜原村には、貴布禰神社が二つあります。樋里4529 に在るのが 笹久保・貴布禰神社。笹久保組の鎮守だったというので、こういう表現にしました。もう一つは、下元郷にあるのですが、合祀の関係か「貴布禰伊龍神社」と呼ばれているようです。

京都にある「貴船神社」の系統ですが、神社になったのは明治時代でして、本来は「不動堂」なのです。「笹久保不動堂」なのですね。祭神は、「国常立命」「猿田彦神」ということになっていますが、お堂の中のご神体は「不動明王」の石像だそうです。お目にかかりたかったのですが、何も見られませんでした。ほかに「木彫りの三猿」もあるらしい。これは、合祀されたという「日枝神社」から来たものでしょうか? 不動堂としては、正保3(1645)年の創建のようです。なお、新編武蔵風土記稿では、「御嶽社」として収録されていると聞きましたが、未確認です。中身は相当ふらふらしていますが、笹久保自治会の信仰中心だったお堂です。

鳥居をくぐって、すぐ左折。せまい石段を上がって行きます。

と、いろいろ並んでいました。ここの赤い屋根は「山王様(素戔嗚尊)」だそうです。祭りの時の獅子舞は、この山王様に付いてきた?

右から二番目の庚申塔らしき青面金剛」。R2では、表現仕切れません。もう一つ見せたいものが在るのですが、後回しにして、お詣りします。社殿の額です。社殿は、春日神社と同じように、後部高いところに神殿があります。

その様子を写したいのですが、レンズの画角が狭い!

こうなっていました。後部に「離れ」になっているのです。見せたいと書いたのはこの狛犬です。二基あるはずなのですが、見付けたのは一基だけです。

山犬型ですね。おそらく、「御嶽社」と言われた時代のものでしょう。以前は台座があったらしいのですが、そこを読んだ方のブログには、「寶暦十(1760)年らしい」と記されていました。

檜原村村史によると、板碑がいくつかあるそうで、鎌倉中期から戦国時代にかけての物だそうです。平山氏華やかなりし頃でしょうか・・・そうなのです、先日歩いた平山城址の平山氏は、この檜原にも勢力を持っていました。このあと行く、小岩(現在は小沢という地名になっている領域ですが)に寺を建てています。

 

社殿の前から、街道を見下ろしています。この道路、都道205号だそうです。地図で、やっと名前を見付けました。 一休みしたので、再び行進開始です。あと、1km程で、「小岩」に付きます。あそこに「東京獅子博物館」というのがあった。定休日は「火曜日」で、この日は「月曜日」、見られるはず・・・

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