2014/09/30: 続・檜原村散歩;木瓜爺撮歩87-16 中里の廃宮? (No.2093)

m87-16-01 F0001大嶽神社を出て、白倉集落から、中里集落にむかっています。手元の登山地図には、中里に入るあたりに、鳥居マークがあります。これが、確かめられるかどうか? かなり暑くなって来ています。小刻みに、通常よりちょっと薄めにしたポカリを飲みながら歩きます。m87-16-03 F0006           彼岸花と黄色コスモスに。カラスアゲハがやってきたのですが、撮せません。素早く飛ぶ物は、HS30では手に負えません。今のところ、真っ直ぐな道ですが、左右でなく上下に分岐して行くのが、この道の特徴。 m87-16-04 F0010 ほら、始まった・・ここは、上の道を選びます。下は、先ほど登って来た道です。 下ると白倉m87-16-05 F0013バス停に行きます。m87-16-06 F0014 m87-16-07 F0016 道は、緩やかな下り勾配。山を眺めながら歩いています。右下には、バス通りが見えています。 m87-16-08 F0018 m87-16-09 F0021そろそろ、鳥居マークのある場所にさしかかりました。でも、何も見えませんねえ? 首をひねりながら進んで行きますと・・左手の奥ちょっと入ったところに、立派な建物、何だかお寺のような雰囲気を感じます。そして、その建物に入るところに、奇妙な三角地? m87-16-10 F0022 m87-16-11 F0023 石段だけあるのですが、上には何もありません。ひょっとすると、ここに小さなお稲荷さんか、山神社でも有ったのではないでしょうか?良く分かりませんが、地図の鳥居マークの位置は地形的にみてこのあたりの筈です。ただ、道に近すぎる感じはします。あるいは、もっと上の山道に小祠があるのか? 先ほどの寺っぽい建物との関係も聞きたい場所ですが、人影なし・・ m87-16-12 F0024 と、こんな物を発見しました。 石の真ん中辺りに「宮」という字があります。「聖護天宮」? 理解困難ですが、どうやら、鳥居マークに関係しそうですね。 m87-16-13 F0026               この碑の横に石段があって、先ほどの寺っぽい建物に出ます。何かあったと言うことは間違いなさそうですが、ネット上でまだ手がかり見つかっていません。ここでは、「廃m87-16-14 F0029宮」があったらしいということにしておきます。「中里」の表示がありました。 この中里には、檜原城主であった「平山氏重」にまつわる話があるのだそうです。そては、次のように語られています。 『檜原城は直接には攻められていないが、横地監物等に勧められて、八王子城が落城した日に、檜原城も落城したことにした。檜原城主の平山氏重は中里の一番高い所に仮の館(やかた)を作り、城主や横地監物と事後の相談した。その場所は今でも「とののやしき」と呼ばれていて、中里の宮田家の上にある。今後の行き先を決めた城主である氏重は、城主でなくなるので、僧侶になって万人の平安を祈ることにした。』 案外こういう話に関係しているのかも知れませんね。なお、この話に出てくる寺は、後に解体され、国分寺のほうに遷されたとなっているようです。 m87-16-15 F0030 さて、また上下分岐です。今度は下ります。千足バス停の所に出たいからです。上の道は、山地図には「細い道」としてあるだけで、こんな立派な道は地図になしです。 m87-16-16 F0041どんどん下って行くと、バス通りに戻りました。千足バス停の手前に、異なる建物が・・これは、2014年の大雪でひしゃげたガレージか物置らしい。そのまま物置に使っています。そして、探していた道標がありました。「千足沢コース」という「つづら岩」に行くコースです。「つづら岩」というのは、大岳山と馬頭刈山の真ん中にある、ロッククライミングゲレンデの場所です。この道を入ったところに、目指す神社があります。それは、明日に・・ m87-16-17 F0042

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