2014/10/08: 羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-27 五ノ神神社 (No.2101)

羽村駅のすぐ前に「五ノ神神社」があります。有名な「まいまいず井戸」の横です。この神社も「推古天皇9年(601年)の創建」だったのではないか? ということを思い出したのです。羽村市の歴史をさかのぼると、明治22年に「羽村(はねむら)」「五ノ神村」「川崎村」が合併され西多摩郡西多摩村になったとあります。それが後に「羽村町」になり「羽村市」になったわけです。昨日書いていた「阿蘇神社」は「羽村(はねむら)」の地域にあります。そして、今日書く「五ノ神神社」は「五ノ神村」にありました。そもそも、「五ノ神」という村名が、五つの神社があったからだと言われています。五つの神社とは、「熊野社」「第六天社」「神明社」「稲荷社」「子の神社」だそうです。 m73-27-01 F7494 五ノ神神社 五ノ神神社にやって来ました。確認したかったのは、この説明板です。やはり、601年でした。ここで、はっとしたのは、601年の創建時には何が祀られているか分からないのです。熊野社になったのは、宝亀年間・・・とすると、阿蘇神社も601年当時は、もしかすると別の神社で、後で阿蘇神社になり、創建時は最初の神社のままにした・・・株式会社でもありますよね、木瓜爺の勤めていた会社も、いつの間にか買い取った休眠会社の創業年に化けていた・・ということも、あり得るな。 それと、「阿蘇神社」から「五ノ神神社」への最短距離を結ぶ「神官道」という道があるのです。これは、単純に神職の方が兼務していたので、往復に使われた道と考えていたのですが、もっと深い意味があったのかも知れません。つまり、神社が生まれた時から、この二つの神社は双子の兄弟だった・・・でなければ、五ノ神神社はもっと新しいのだが、神官が、阿蘇神社と同じにして貫禄を付けた。・・・乱暴な推測ですが、実はこんな記述もあるのです。 (はむら文化財ガイド 羽村市教育委員会 41pより) 五ノ神社(ごのかみしゃ) 本殿 羽村市指定有形文化財 羽村市東口ロータリーに接して鎮座しています。祭神は、天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、伊佐那美命(いざなみのみこと)、事解能男命(ことさかのおのみこと)です。『新編武蔵風土記稿』などによると、熊野社と呼ばれていたことがわかります。五ノ神の村名は、集落内に「熊野社」「第六天社」「神明社」「稲荷社」「子ノ神社」の神社があったことに由来するとされています。 創建年代は詳しくわかっていません。また『武蔵史料銘記集』という文献によると慶長12年(1607)の棟札に「五辰宮(ごしんのみや)」の文字が見え、これが五ノ神社の古い記録とする説もあります。 本殿は、現存する木割帳から嘉永2年(1849)から文久2年(1862)までの間に、宮大工小林藤馬によって作られたことが判ります。藤馬の手がけた建築には彫刻が多く用いられますが、これは特に胴部分のものが素晴しく「天岩戸」「神功皇后の征韓」「二十四孝逸話(にじゅうしこういつわ)の中の郭巨(かくきょ)の釜堀」がモチーフとなっている、珍しいものです。製作時期が確定できる文字資料を伴う貴重な文化財として、羽村市指定有形文化財に指定されています。 m73-27-02 F7497 奧に見えている社殿は、前記の本殿ではなく、覆殿でしょう。 m73-27-03 F7498 この五ノ神神社については、Choi-Boke爺ちゃんのブログでは、「2011/01/12 羽村散歩7(五ノ神神社)」 と、「2012/03/01 撮歩33-1雪撮歩」で書いております。bokejii ブログでは初登場かも知れませんので、末社などを写しておきましょう。 もう一つ石碑がありましたね。祭神は書かれていませんので、先ほどの教育委員会資料で、確認してください。 m73-27-04 F7499 m73-27-05 F7506 この五ノ神村は、鍛冶屋さんなどの職人の村でした。お寺の釣鐘で、作品にお目にかかる事があります。 では、末社を紹介。入口にあったのは稲荷神社でしょう。m73-27-06 F7495 社殿の横には、「八雲神社」と「金刀比羅宮」です。 m73-27-08 F7501m73-27-09 F7505 m73-27-07 F7508もう一つ、稲荷社の横に新しい祠が追加されていましたが、何か分かりません。前に来た時、壊れた石祠がありましたので、その代わりでしょう。この壊れた祠について、羽村昔話によると、仏教の敵・・「大(第)六天宮」だったそうです。壊れてしまったけれど、触らぬ神にたたりなし・・ということで、そのままにしていたとのこと。新装出来たのですが、祟りはなかったようです。 五ノ神の語源になった五つの神社のうち、「子の神」は今どこに有るのか? こういう祠に籠もられたのかも知れません。 この神社の脇には、おなじみの「六地蔵」と「薬師堂」があります。 m73-27-10 F7511 薬師堂 薬師堂の中がどうなっていたか、記憶がなかったので、合掌ついでに、ちょっとのぞき見しました。 m73-27-12 F7513 m73-27-12 F7515 薬師様は大きいほうの厨子に坐られた座像のようです。ほかに、金色の立像とか、十二神将の一部などが納められているようです。阿弥陀様や大国様恵比寿様なども居られるのかなあ? これだけ居られるのですから、病気治癒に限らず、御利益いただけるでしょう。  そして、まいまいず井戸。 m73-27-14 F7527 m73-27-15 F7526 最後は、「馬頭観音」文字碑です。ここには、「まいまいず井戸」の詳しい説明もあるのですが、実物を見ていただくことを願って、あえて省略しました。 m73-27-16  F7521 「五ノ神神社」は「熊野権現」でした。同じ時期に作られたらしい二社が、片や九州・阿蘇神社に、片や紀州・熊野神社に成って行く過程を、調べたいと思っても、これは無理なはなしでしょうね。神託を頂かないと、わかりませーん。 さて、明日からは、「ときがわ町」です。

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2014/10/08: 羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-27 五ノ神神社 (No.2101) への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 2015/04/18: 羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-30 春祭り(八雲祭)の日【1:五ノ神神社】 (No.2293) | 木瓜爺ブログ

  2. ピンバック: 2016/07/16;羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-49 五ノ神社境内の仏様 (No.2747) | 木瓜爺ブログ

  3. ピンバック: 2016/07/17:羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-50 五ノ神神社 (No.2748) | 木瓜爺ブログ

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