2014/10/13: 続・ときがわ町散歩;木瓜爺撮歩88-05 真光寺観音堂 (No.2106)

本堂の屋根は、「茅葺」なのか「藁葺」なのか、木瓜爺には区別がつきません。「茅」は生育地が限られますが、「藁」の方なら田圃があるので、入手出来ますね。「藁」なのかな? ただし藁の方が傷みが早いようです。 形は崩れていないので、やっぱり「茅」なのか? それにしても、これを葺き替えるだけで大変な費用がかかります。スポンサーが見つからない限り、このまま朽ちて行くのでしょう。何をぶつぶつ言っているか・・後で出てくる「観音堂」の屋根にも注目してください。

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話を戻します。観音霊場だったということから、どこかに「観音堂」があるのではないかと、見回しました。

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すると、本堂の右手(向かって左)に、草むした石段があり、その上に建物が見えます。石段は巾が狭く、下るのは怖いけれど、上る事はできそうです。草をかき分けながら登りました。

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お堂の額はありません。何かの献額ももう読めません。屋根は、本堂と同じ「茅葺」のようです。観音堂でこういうのは、最近では極めてまれです。でも、「十一面観音」はもう居られないのかもしれませんね。観音様も無住かなあ・・賽銭箱は小さいのがおかれていました。居られるつもりで、「南無観世音菩薩」!・・・(追記)地元のyuichiさんからの連絡:十一面観音は居られて、2m以上の大きな像だそうです。相当古いもののようです(コメント参照)。

この観音堂の前が凄かった・・石仏群なのです。いくつか紹介しましょう。文字碑の馬頭観音にはじまって、お地蔵様・・・石灯籠まで、ずらりです。

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最後の写真の「二十二夜」というのは珍しいですね。大抵二十三夜なのですが・・しばらく、石仏の写真を写しました。急な石段のほかに、左に下る坂道があったので、そこを下りますと、最初本堂を発見した場所に戻って来ました。途中で見かけた石碑なのですが、これは何か? 松明のようでもあるし・・・・(追記)yuichiさんから、コメントで教えて頂きました。この柄は「筆」なのだそうです。 この碑は「筆子塚」と言うそうです。「筆子塚」というのは、書を習った弟子が、先生に対する感謝や供養のために作るもので、通常の筆塚(使い古した筆の供養)とは全く意味が違うものなのですね。ありがとうございました。

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本堂にもう一度合掌して、山を下ります。おっと、先ほどの「二十二夜」の上の方をお見せしていなかった・・・これ、何菩薩でしょうね。「弥勒菩薩」でしょうか? 手は何本見えます? お臍のところの桃みたいな物を手で持って居られるなら「如意輪観音」でしょうが・・右肩にも何かありますね。やはり、「如意輪観音」でしょうね。

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山を下って、石碑が並んでいた入口に戻りました。この丸いのは「庚申塔」。

さて、バス通りの方に戻りましょう。

ひたすら、歩きます。

 

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入って来た「せまい県道」を渡って、広い一般道の方に出ました。

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この辺りにバス停があるはず・・・見付けました。「日影」です。

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次は「圓通寺」を目指します。八高線の線路を越えて行きます。

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踏切が見えて来ました。ここまでは、比較的順調にやって来たのですが、踏切を渡ってから一苦労しました。新道が出来ていて、地図を読むのが難しくなってしまったのでした。

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2014/10/13: 続・ときがわ町散歩;木瓜爺撮歩88-05 真光寺観音堂 (No.2106) への6件のフィードバック

  1. yuichi_kym26213@nexyzbb.ne.jp より:

    こんにちは。
    また老婆心なコメントをさせていただきますが、
    松明?の石碑は松明ではなく筆であり、筆子塚と呼ばれるものだそうです。
    「むすひても 縄ハその代に くちぬへし なかきためしを 水茎のあと」の和歌の後に「新井為直書」とありますが、それ以上の事は何も分かりません。
    嘉永元年(1848年)のものです。もと長勝寺(廃寺)にあったとの伝。

    • bokejii より:

      毎度ありがとうございます。なるほど、筆子塚ですか、納得です。 後ほど加筆訂正しておきます。 木瓜爺

  2. yuichi_kym26213@nexyzbb.ne.jp より:

    二十二夜待の主尊は如意輪観音であり、
    二十三夜待の主尊は勢至菩薩です。

    • bokejii より:

      ありがとうございます。二十二夜というのは、奥多摩方面では見た事がなかったので、戸惑いました。 木瓜爺

  3. yuichi_kym26213@nexyzbb.ne.jp より:

    観音堂の本尊は室町時代の千手観音像です。
    像高213cmのなかなかのお像です。

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