2014/10/24:木瓜爺祭り見物;川越祭り2014 (No.2117)

今年の川越祭りは10/18、19に行われました。このお祭り、本来は川越・氷川神社の祭礼ですが、現在は市をあげての観光行事になっています。正しくいうと、「川越氷川祭りの山車行事」だそうです。この行事が「国指定重要無形民俗文化財」なのだ!

しばらく出かけていなかったので、ちょっと覗いてくるか・・・18日に出かけました。祭りとして面白くなるのは、宵山からなのですが、もう雑踏に耐える体力・気力がなくなっているので、空いているうちに・・です。

羽村から川越までは、電車でうまく行けば1時間ちょっとなのですが、電車の接続次第。この日は、2時間近くかかりました。川越には、「本川越駅」「川越駅」「川越市駅」という三つの駅があります。おりたのは西武新宿線の「本川越駅」です。ほかの二つはJR川越線と東武東上線。祭りの中心地に近いのが「本川越駅」でした。

駅で必ず入手すべき物があります。観光案内のテントを見付けて、「川越まつり」のパンフレットを貰ってください。地図と山車一覧写真が印刷されています。地図には、宵山の山車のおかれる位置や、休憩所、トイレ、喫煙所などが表示されています。混雑地点も書かれています。

地図を片手に出発です。駅前広場から屋台村が出来て居るようです。

川越祭-1川越祭-2

大勢の人が食べ物を買い地べたに坐って腹を作っていました。時計は12時を少し回った所です。木瓜爺も空腹ですが、どうもこういうスタイルは苦手。埃だらけの町の中ですからね。

山車の行列は、市役所前の広場に14時から並びます。それまで、ぶらぶら見物しながら歩けば、どこか坐れる場所があるだろうと、メインストリートを「蔵造りの町並み」という場所を目指して歩きはじめました。道は、右側の写真のように混雑しています。

川越祭り

地域ごとに、こうしたお囃子保存会の舞台が造られています。これは地図には載っていないようです。山車が引き出されて準備中という所もあります。川越には、氷川神社以外に、沢山、神社仏閣があります。川越というのは、天海僧正のいた喜多院が有名ですが、徳川の有力大名が治めていた土地ですから、中身が濃いのですよ。酒井忠利、松平信綱、柳澤吉保・・この顔ぶれ、すごいでしょう。なお、古くは、源義経の正妻だったのは、河越太郎重頼の娘。川越城を造ったのは太田道灌です。

川越の神社仏閣は、木瓜爺の親友が http://taji1325.wordpress.com で紹介してくれています(公開されていなかったらゴメンナサイ)。

熊野神社。ちょっと参拝します。taji1325 ブログでも有りましたね・・

2月22日  川越・寺社散歩 「 熊野神社」 でした。

川越祭り

川越祭り

 

 

 

 

 

 

おやおや、行列が出来ています。その割に、境内の銭洗い弁天のほうは空いていました。

川越祭り

ウーン、時間がかかりそうだな、今日はここから拝んでおこう・・木瓜爺無精をして、鳥居の外から一礼。退散します。次に寄ったのは、「蓮馨寺」です。

川越祭り

tajiさんのブログでは、えーと・・・ 2月23日  川越 「蓮謦寺」

普段の日と祭りの日の違いを見てください。

川越祭り

ここは、吞龍上人を祀っています。

川越祭り

おびんずる様もおかれていましたが、これが楽しい画像になりました。

川越祭り

びんずる尊者が照れています。さて、次は・・・山車が出て来ました。

川越祭り

川越祭り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はて、これは? 川越祭りのパンプレットに掲載されている21の写真にないぞ? いや四番と書いた札がある・・・あったあった、幸町「子狐丸」でした。世の中で「子狐丸」というのは、三条宗近の打った名刀の事なのですが、この刀を作るときに、稲荷神が向鎚を打つために出て来てくださった姿を意味しているのでしょう。

川越祭り

直ぐ後ろにもう一基有りました。同じ幸町の「翁」です。翁の面を首に掛けていますね。

川越の山車は、飛騨高山のようなからくり人形は付いていません。この山車の上の舞台は3段になっていますが、移動するときは2段の状態です。見せる場所につくと、人形のいる部分が、一段上に上がります。あとで比較写真をお目に掛けます。川越祭り

 

 

 

 

川越の町は、建物も歴史を感じさせるものが多いのです。山車と背比べしているのは、銀行の建物だったっけ? 反対側は、蔵造りの町並み・・・川越祭り

お蕎麦屋さんがあったのですが行列が外までならんでいました。いも菓子でも食べようかなあ・・川越はサツマイモが売り物。「川越いも」は徳川吉宗が飢饉対策で青木昆陽に広めさせたもの。江戸の食生活を支えました。

川越祭り

おなじみの「時の鐘」。脇道に入っていますが、このみちを抜けると、すぐ市役所前広場に出ます。近道です。

広場について、何か食べる物はないか? と、探しましたら、ベンチのある場所に「たこ焼き屋」がいました。とりあえず、という感じで、腹を満たしました。そろそろ、山車が集まりはじめます。これは、「日本武尊」ですが、まだ剣は持たせていません。

川越祭り

川越祭り

二段が三段になる所は・・・次のが分かりやすい・・

川越祭り

川越祭り

 

 

 

 

これは、松江町の「浦嶋」ですが、移動中は緑の幕の直ぐ上に人形が見えます。定位置に着くと、赤い幕の段がせり上がるのです。人形にも必要な持ち物などが取り付けられます。

この日、氷川神社の方々の、「神幸祭」行列がくる所を見る事ができましたが、前に人が多くて写真がうまく写せませんでした。最前列にいないと、足元まで撮せません。先頭は「天狗」でした。カメラを頭上に差し上げて写した一枚。この位置でずーっと頑張っていればよかったのですが、ちょっと変更したら、見物人列の後ろになってしまって、神官が乗馬でやってきた時には馬が見えない・・

川越祭り

齋姫の輿が来た時も、齋姫しか見えない・・・でも、美人が見えたから良しとするか、です。御輿なども続いてきました。

川越祭り

この行列「神幸祭」は、現在の山車行事の原型となった儀式だそうです。会場では、神官が祝詞を読んで、すぐ氷川神社にご帰還となりました。氷川神社は、会場の北東300m位のところにあります。ここはtaji ブログには入っていなかったかな? 追っかけて、寄ってくれば良かったですね。うっかりしました。

広場に6基の山車が並びました。この時間はこれだけのようです。

川越祭り

向かって左から、「子狐丸」「牛若丸」「浦島」「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」「日本武尊」「猩々」の6基です。日本武尊も剣を持ちました。

この山車、お囃子や踊りをするステージの部分が回転するように出来て居ます。「曳かわせ」・・・山車と山車が顔を合わせてお囃子合戦をすること・・の時の便を図っているのです。この「曳かわせ」が何とも楽しいのですが、夜の7時頃からの催しとあっては、年寄りには危険。今回はここまでで引き上げます。お腹も空いてきたし、いも買って帰ろう・・・

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