2014/10/25: 続・日野市散歩;木瓜爺撮歩90-01 万願寺・とうかん森 稲荷神社 (No.2118)

木瓜爺のもう一つの趣味は、(日本)将棋というゲームです。写真の方は、最後の最後で機械の差、つまり「良いレンズでないと駄目だ!」 というような資力によって制限される部分が出て来てしまいますが、将棋の方はプラスチック駒でも、ツゲの盛上駒でも、棋力自体には変化は生じません。つまり貧乏人でも同じように指せるのです。歩けなくなってしまっても、頭さえちゃんとしていたら、将棋の方は楽しめるはず・・最後に残した趣味の筈でした。ところが、このプラン、ちょっと狂いはじめています。というのは、将棋の相手をしてくれるコンピューター・ソフトが、やたら強くなってしまったのです。プロ棋士のレベルに到達してしまいました。ただし、その強さは、コンピューターの高速演算にかかっていますので、簡単にいうと、高いコンピューターの方が強いのです。安いコンピュータですと、長考されてしまって、相手をするのが疲れてしまう・・・ということになりそうです。木瓜爺の対PC戦、もう古いソフトなのですが、あまり勝率が良くありません。納得出来る負けなら良いのですが、ドラッグ&ドロップの失敗が多いのです。駒をつまんで目的位置に運んで行く途中で落っことしてしまって、只取りされたりして・・・将棋は人間同士の方が面白いですが、昔の縁台将棋の面白さは外野まで参加する所でしたね。あれは勝負というより、完全にゲームでした。木瓜爺が将棋に夢中になった子供の時代は、大人同士が将棋を指すようなゆったりした時代ではなかったのですが、その一昔前の有様は、噺家さんの語り・・つまり落語の世界で充分イメージ出来ました。それに似た情景を、戦前、床屋さんに散髪に行ったとき見ているからです。順番を待っている人同士が将棋を指し始めるのです。興が乗ってくると、いろんな軽口が飛び出して来ます。ダジャレみたいなものです。「地口」という形で、言い伝え的に今に残るものもあるようです。その中の一つ、これは江戸っ子が使ったもののようですが、「王手は、日野の万願寺」というのがあるのだそうです。今回は、この「日野の万願寺」を訪ねることにしました。・・・・まあ何と長い前説だ!

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「万願寺」というのは、日野市の地名として残っている名前で、寺としては現在はありません。立川から、多摩動物園の方に行くモノレールに乗り、三つめか四つめか?「万願寺」という駅に着きます。この万願寺という地名、地図を見ると一つに固まっていないのです。飛び地が沢山あります。「万願寺領」のようなものがあったのを、「新井」「石田」「上田」「下田」などという周囲の村が、新田を作って食い散らかしてくれたように見えます。

万願寺駅をおりて、「万願寺渡し」を見たいなと思いました。内藤新宿を出て西に向かう甲州街道は、日野宿の所で多摩川を渡ります。江戸の初期、その多摩川を渡る場所が「万願寺渡し」だったのです。しかし、万願寺が使われた時期は短く、直ぐにちょっと上流の「日野の渡し」に変わってしまいます。

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万願寺駅の南側の道路、最近出来た20号線バイパスなのだそうです。それを川の方に向かって歩きはじめたのですが、横断歩道が全くありません。だいぶ先まで歩いたのですが、見込みなしと判断、また万願寺駅に引き返しました。

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最初から、ここで横断しておけば良かったのです。渡ってからまた川の方に向かって進行・・・多摩川にかかる橋は、「石田大橋」と言うようです。そのうちに、こんな道標が目に付きました。

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どうも、多摩川まではかなり距離があるようですから、渡し探しはあきらめて、この道を入ることにしました。昔、新撰組の副隊長をやった「土方歳三」が、この「石田」の出身なのです。ここに「土方歳三資料館」というものが出来て居ます。今日は新撰組ぬきのつもりですが、この地域にある石田寺と、土方家が守っていた稲荷神社だけはm90-01-07 F0942寄って見ます。それには、「とうかん森」というのを見付けなければなりません。そこに稲荷神社があるようです。

左側は、浅川水再生センター(昔の言い方だと汚水処理場ですね)白い建物が見えています。m90-01-08 F0943

 

暫く塀沿いに歩いてゆくと、公園が出来ていました。公園に、トイレが無いかと、探してみたのですが、有りません。細長い公園です。展望台に上がれるようなので、周囲を探して見ます。

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左側の方にはそれらしいものは見えませんが、右の住宅横の大木は怪しいですね。「とうかん森」というからには昔はもっと樹木が沢山在ったのでしょう。

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たしかに鳥居がありました。社もあります。

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はあーっ。「とうか」森ですか! 樹齢250年だそうです。

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ちょっと中を覗きます。多分社殿がもう一つ入っているのでしょう。

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やはりそういう形でした。今日最初の神社なので、まず前途の安全祈願。

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次は、石田寺に向かいます。

「万願寺」のことを、「新編武蔵風土記稿」ではどう書いているのでしょうか?

「万願寺/名は古きものに、未だ所見なし。考えふによしなし」翻訳すると、「名前は昔から使われているが、いまだに何も見つかっていない。考えることが出来ない」ですって。ただ、「安養寺」というお寺の住職さんは「安養寺の前身が万願寺と思われる」とホームページに記述されています。

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2014/10/25: 続・日野市散歩;木瓜爺撮歩90-01 万願寺・とうかん森 稲荷神社 (No.2118) への2件のフィードバック

  1. tkutsu より:

    私の将棋ソフトかなり古いのですが、負けっぱなしてす、難度が三段階あり、、中は五分、、、上は勝てません、挑戦者のレベルが低いのです、たまに中でやっています。

    • bokejii より:

      そのくらいが楽しいのです。ただ、PCの奴はべそをかかないから、つまんねえ、という弱い者いじめが好きな人もいましたけど・・-

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