2014/10/29: 続・日野市散歩;木瓜爺撮歩90-05 田村山 極楽院 安養寺 (No.2122)

万願寺中央公園の中に入りました。中程に、集会場らしき建物があります。これが「万願寺交流センター」でしょうか・・・駐車場の札からみると、そう言うことになるようです。

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この建物の周囲に妙なものが見えました。

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これです。レールですよね。どうも、小さな列車が走るらしい・・休日やイベントの時の「汽車ぽっぽ」らしいです。それと、この建物、いつの間にか数が増えましたね。どういう形なんだろう? ここから、安養寺の屋根が見えていました。

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左手の道路の方にでると、「田村山 安養寺」の門前です。つまり、昨日の「八幡社」はこの辺にあったのでしょう。この「極楽院 安養寺」だそうですが、八幡神社の所でかいた「田村一族」の建立した寺のようです。話によると、開基は「田村安栖」・・この人、小田原の北条に仕えた「御殿医」だと思うのですが・・北条氏政、氏照兄弟が切腹したのは、この「田村安栖」の邸だったはず。この万願寺付近は八幡様を勧進した「田村駄太郎知実」の知行地・・さて、この二人の関係は? ある紹介記事では、「田村氏は日奉氏族西党の一氏で、知行地を有していました。田村駄太郎知實、その子の同三郎弘綱(平安時代後期?鎌倉時代初期)等の末裔に、安養寺を開基したといわれる田村安栖がいます。」と書かれています。でも、これ昨日書いたことと矛盾していますね。「男山八幡を勧請して、安養寺を別当寺にした」・・と、昨日書いてしまった。おかしいじゃん! 安養寺はまだ開基されていない! かくのごとく、継ぎ合わせた資料は支離滅裂なのです。時間というスケールが狂うのです。

木瓜爺流に訂正します。この「安養寺」の土地は、おそらく、「田村一族の邸」跡でしょう。田村知実は、「男山八幡」を勧請して、田村一族の氏神様として、自宅の前に祀った(当然のこととして、この神社は自分たちで維持していた)。のちに、「安養寺」が造られ、神社の別当を担当した。・・と、しておいて、もう少し資料を探します。

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「田村山安養寺」は、真言宗智山派・・・高幡山金剛寺(高幡不動)の末寺です。

「安養寺」のHPらしいのが見つかりました。前半は重複しますので、後半を貼り付けます。アンダーラインは、木瓜爺が追加したものです。

『安養寺の本堂(1690年頃・元禄時代初期)は田村氏の書院の一部を使い、建立されたと伝えられております。また、本堂北側に隣接する茅葺屋根の庫裏は本堂よりも古く、中興開山法印慶深の位牌に1606年・慶長11年11月22日没と刻していることから、その前後に建立されたものと思われます。黒光りする古い柱や床に残されている手斧の跡に、古館の結構を偲ぶことができます。
本堂に安置されている 本尊阿弥陀如来坐像(都重宝)は、安養寺の前身である万願寺の本尊であったものと思われ、平安時代後期の作で端麗で細部の手法も見事です。また、藤原時代の毘沙門天像、鎌倉時代の大日如来立像等、多数の古仏も安置しております。
現在の本堂は、1983年・昭和58年に檀信徒をはじめ日野市並びに東京都のご協力により、改修復元工事を実施することができました。今日まで幾多の歴史的災害をのりこえてきたこれらの文化遺産を、私達は先人の例に習い、皆様と共に子々孫々に伝え護持していかなければならないと思います。 合掌。
田村山安養寺 第二十一世住職 石黒 忠雅 』

消えてしまった「万願寺」についての重要なヒントが出て来ましたね。本尊が平安後期の作という点です。平安後期(950-1150)頃から鎌倉期に「万願寺」があったのでしょう。平将門あたりからの戦乱の時代です。

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参道を入って行くと、左手に「薬師堂」がありました。「薬師如来」「日光菩薩」「月光菩薩」が安置された、信者の休憩所を兼ねた建物のようです。扉が重くて、うまく開けられないのでパスします。

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改めて、山門がありましたが、いろいろ立て札が立っていました。

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これは、本堂の説明です。市の文化財。

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こちらの毘沙門天も市の文化財。阿弥陀仏は都の文化財ですね。本堂におかれているのでしょう・・

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m90-05-14 F1088山門をくぐります。このも、関東八十八ヶ所霊場になっています。この関東八十八ヶ所霊場というのは、特別霊場というのが加えられていて、全部では93だったか? 真言宗のお寺で構成されていたと思います。第一番は高崎観音から始まっています。m90-05-15 F1090

弘法大師修行姿の像もありました。

こちらは、地蔵菩薩m90-05-16 F1091です。 本堂にお詣りします。「南無阿弥陀仏」で良さそうですね。

本堂の額は「安養寺」です。欄間には龍です。木鼻もいいなあ、一方向だけですが・・・、m90-05-17 F1092

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境内には、石仏がかなりありますので、一部を紹介。如意輪観音と地蔵菩薩。

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五輪塔の古いもののようです。こういうものを克明に見ていって「万願寺」のものが有れば大発見なのでしょうが・・・

さて、疲れたから、そろそろ帰ろうか・・・地図を見ると「萬福寺」というのが、モノレールの万願寺駅に近いところにあるようです。寄って行きましょう。

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