2014/11/02: 続・日野市散歩;木瓜爺撮歩90-09 川辺堀之内・日枝神社 (No.2126)

「延命寺」と、横にある「日枝神社」こと「山王様」は、元は一体だったことが、その配置からもよく分かりました。

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本堂の横から神社を見た所です。この柵を飛び越えれば鳥居の前なのです。でも、そう言うわけにも行かないので、六地蔵門のところを出て、回って来ます。

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鳥居と塀の間隔が狭いので、正面から撮せるかなあ? なんとか大丈夫でした。

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日野観光協会の頁では、「祭 神 :大山咋命(おおやまくいのみこと)  例大祭:
8月第3土曜・日曜日」「詳しいことは判っていませんが、徳川時代のはじめに川辺堀之内村設置にあたり、名主が村の安泰を願って京都の比叡山麓の日吉大神を勧請奉仕して社を建立したのだと伝えられています。明治になるまでは、敷地を隣にする延命寺が別当を務めていました。 社殿の背後にそびえるムクの木は樹齢300年以上と推定され、樹高25m、目通り幹囲4.5m、日野市の天然記念物に指定されています。」

と記載されています。「猫のあしあと」の記述では「(川邊堀之内村附持添新田)山王社  村の南方浅川の邊にあり、慶安年中御朱印社領七石を御寄附あり、則ち社地もその内なりと云、小社にして二間に二間半の上屋あり、勧請の年暦を詳にせず、例祭は九月九日なり(新編武蔵風土記稿より)」

これらによると、江戸期に入ってからの「山王様」のようですね。狛犬は、そう古いものではないようです。

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m90-09-11 F1431 日枝神社

社殿は、祈祷殿のようです。横から見ます。

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 後部の覆殿の中に、神殿部分が入っているのですが、こまかい金網が張られています。 オーイ、R2出ておいで・最近、覗き専門になったR2を金網に押しつけて・・

こういう神殿です。m90-09-12 F1433

 

 

 

 

 

賽銭箱の「神推」というのはどういう意味でしょうね。見慣れない表現です。あとでゆっくり調べます。

ムクノキの説明板に「日吉山王権現」という名前が出て来ました。ここに書かれているように、延命寺の鎮守として創られ、後に村の鎮守に昇格したのでしょう。m90-09-15 F1437

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m90-09-17 F1442さて、帰ろう・・お詣りを済ませて、神社の裏から、堤防に上がり、そのまま、なるべく堤防の上を歩いて高幡橋に戻ります。途中で、道が無くなって、道路に戻りました。高幡橋まで戻ると、不動様の五重塔が見えました。

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日野散歩、まだまだ続きますが、明日は、大仏様に行って見ましょうか・・・ちょっと位置が変わって、中央線の豊田駅近くなのです。

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