2014/11/05: 続・日野市散歩;木瓜爺撮歩90-12 大久山 善生寺 【大黒天】 (No.2129)

善生寺本堂前にワープしました。

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愛染明王と不動明王です。愛染明王というのは、明王の中でもちょっと変わり種で、「愛欲貧染(あいよくとんぜん)」の煩悩がそのまま「菩提心」であることを悟らせる明王。・・・ちょっと難しいですが、人間の行動の原動力となるのは意欲、つまり本能的欲望の様な物こそ行動エネルギーの元だろう、それを無理に抑えるのではなく、そのエネルギーを仏様の教えの実現(?)に使いましょうというようなことを悟らせる役割なのだそうです。転じて、「結びの神」としてあがめられていますね。

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左は鐘楼です。この鐘に古い銘文が入っているのですね。右は、大きな灯籠です。では、大黒天堂の方に移m90-12-05 F1793動します。 「大黒天」はよく「大国主命」と一緒にされていますが、日野七福神では、本来のインド出身の神様と説明しています。この立場をとりますと、七福神で日本生まれの神様は「恵比寿様」だけになります。七福神の出生地をご存じない? 「恵比寿天」は、釣の好きな「事代主命」をモデルとして日本生まれ。「福禄寿」は中国生まれ、「毘沙門天」はインド生まれ、「弁財天」もインドの神様。「寿老人」は中国生まれ、「大黒天」がインドで、「布袋尊」が中国ですが、実在の禅僧「釈契此(しゃくかいし)」でした。木瓜爺、物知りではなくて、こう言うのは大抵パンフレットに書かれているのです。

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ここが「大黒堂」。黒光りする「大黒様」が居られました。

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m90-12-09  F1796横の方に、おなじみのスタイルの大黑様も。大黑堂のちょっと奥に、日蓮上人も居られました。m90-12-10 F1798

 

 

 

 

 

 

 

 

では、これで失礼して、駅に戻ります。寺の前に「学校跡」の石碑が立っていました。「善生寺」が「寺子屋」を作っていて、それが小学校になっていったのでしょうね。

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寺の前の道を西に進み、適当な所(?)で右折し、線路を越えて行きます。地図を持って歩いていますから、指先で地図上をトレースして行けば、そう見当違いになることは起きません。あの辺り曲がろうか・・・です。

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踏切まで来た時、丁度、特急「かいじ」が通り過ぎて行きました。 日野散歩、飽きましたか? まだストックは1週間分くらいありますが、どうしようかな?

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