2014/11/14: 奥多摩散歩;木瓜爺撮歩92-09 「さいかちぎ」から「羽黒神社」経由、奥多摩駅まで (No.2139)

久しぶりの「アップダウン付ロングウオーク」で、木瓜爺もだいぶくたびれてきました。疲れてくると、やはりシャッターも押さなくなるようです。ショットの間隔が開くので、写真を見ながらブログを書くのに苦労するようになります。今日の部分は、まさにその状態です。

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KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA「さいかちぎ」という言葉の説明からはじめます。これは「槐(さいかち)」という木のことで、巨樹であったので目印から「地名」になってしまったのです。丁度、ここは「峠」になっており、昔から休憩所だったのですね。で、その巨樹というのは、これでしょう。先ほどの説明板に出ていた「赤松の根元の馬頭観音」は、現在、小屋の中におかれています。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

 

「馬頭観音像」なのに「念仏供養塔」というのはちょっと奇異ですが、多分、木食上人は「牛馬の供養」を意図したのでしょう。人間の供養なら、普通に「阿弥陀仏」だろうと思います。小屋の脇に立つ灯籠と石柱碑。こちらには「南無阿弥陀仏」の文字です。

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出発進行! 羽黒坂を下って行きます。と書きましたが、まだ羽黒坂の手前なのですが・・しばらく歩くと、珍しや、鋪装の無い道になりました。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

鋪装のない道に入ってすぐ、こんな場所がありました。

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新しい観音様を真ん中に、地蔵様が何体も昼寝? 小僧さんも昼寝・・・

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KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAこんなに沢山お地蔵様が居られるなら、「むし歯地蔵」や「縁結び地蔵」のほうに出張すれば良いのに・・・ 後列には「如意輪観音」も居られました。

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そして、この標識、「むかし道」としか書かれいないのですが、「むかし道」としては直進ストップ、右に下れという意味合いのようです。でも、知らないと意味が分かりませんね。右はいるとすぐ「地蔵堂」があるのです。

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ここからが、昔の「羽黒坂」というべき道でしょう。

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坂を下って行くと、右手の谷間に「水根線」の跡が見え隠れします。こういう場所を探して歩く方も居られますが、枕木などは腐っていると思いますので、転落しないよう注意して下さいね。鉄骨ももう危ないと思います。

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わずかですが、線路を残してある部分です。この先トンネルに入ります。

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「むかし道」の方は、トンネルの前を右下に下って行きます。そして、羽黒神社の前へと進みます。「羽黒坂」というのは、「羽黒神社」があったからの名前でした。

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本来なら、この73段の石段を上って、お詣りするのですが、ここの階段は手すりが無いのです。今日は疲れているので、登りはともかく、下りの「よろめき」が心配なので、またの機会にすることにしました。

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「羽黒三田神社」と呼ばれるこの神社、「多摩の神社準備室」には次のように紹介されています。

『羽黒三田神社 鎮座地 氷川1365
祭神 高皇産霊神 (たかみむすびのかみ)
少彦名命 (すくなひこなのみこと)
倉稲魂命 (うかのみたまのみこと)
天穂日命 (あめのほひのみこと)
旧格式 村社   別当寺 神職川辺氏持ち
例大祭 8月10日
解説
貞観2年(861)土師朝臣行基が御嶽山参詣で神告を受け穴沢天神社を祀ったのに創まるという。また、天慶年間(938~47)平将門の子、良門が8角の鏡をご神体として祀ったという。永享6年(1434)天穂日命を祀った川辺神社と元巣の羽黒大神を合わせて羽黒大権現として祀った。
永正3年(1506)三田次秀が再建。
永禄9年(1566)には羽黒権現を合祀し、
本殿に祀り穴沢天神を合殿とした。
明治3年(1870)羽黒山・穴沢天神を合わせて羽黒三田大神とし、
明治9年(1877)に現在の社名に改められた。
当社にも将門伝説が伝わり、将門の末裔を称する三田次秀奉納の扁額や、摂社として双馬神厩(相馬宮?)がある。なお、穴沢天神社は「延喜式神名帳」に記載のある穴沢天神社に比定される。』

ここに書かれた「三田次秀の再建」から、神社名に「三田」が入ったのでしょう。創建861年という古社です。見えているのは途中の処で、神殿はかなり上の方です。たしか神殿前にも鳥居がありました。

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下の方から「改めて参拝させて頂きます」と拝んで、駅に向かいました。

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KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAこのあたり、良い感じの昔の家屋が散見されます。日原方面に行く道の分岐点をすぎ、橋を渡ります。「日原川」の紅葉は、もう一息でした。

橋を渡り切ると、右手に「氷川神社」・・・ここも次に回します。駅に入る角のスーパー的商店に飛び込んで、「牛乳」を飲みました。もう紙パックのメーカー品しかありません。大昔は「牛乳瓶」のがありましたが・・あれは、地元の物だったのかなあ? 奥多摩には酪農はなかったかな?

駅前まで戻って、お稲荷さんがあることに気付きました。盲点というか、バス停などの方向しか目に入っていなかったのでしょうね。

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奥多摩町の神社では「愛宕神社」「氷川神社」「羽黒三田神社」を紹介したいのですが、「愛宕神社」も急階段が待ち受けていますし、「羽黒三田神社」も先ほど書いたとおりですから、はたして歩けるかどうか・・はなはだ心許なくなってきています。その他、「小河内神社」も残っていますし、梅沢の方にもいくつかあります。体調を整えながら、チャンスを待ちましょう。ただ、名前を挙げた神社は、有名な神社ですから、紹介記事は沢山あると思います。

明日はちょっと息抜きで、新しい中古カメラ(?)の試し撮りに出かけた国営昭和記念公園の銀杏並木です。

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