2014/12/29: 続・国分寺市散歩;木瓜爺撮歩95-08 金谷山 満福寺 (No.2183)

鳳林寺を出て、国分寺高校の裏を抜けて行く道を南に進んでいます。この道、住宅街に入ると、急に狭くなってしまって、歩いているのが怖いようです。早く通り過ぎて、「弁天八幡社」の横を通っていた「戸倉通り」に出たいです。

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m95-08-02 F4307せまい所を抜けると、畑が残っています。どうやら、国分寺高校の裏を通り抜けたようです。木瓜爺が高校進学の頃には、まだこの学校は出来て居ませんでした。それで、どちらが表門なのかも知りません。やっと「戸倉通り」に出たようです。

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この地図の下部中央にいます。「戸倉通り」というのは、左下からナナメに右上がりのなっている道です。一応、歩道がある道なので、安心して歩けます。

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あのコンビニはファミリーマートか、地図ではミニストップ店の先を右折なので、ここではないようです。 左手の方の風景ですが、所々、こういう武蔵野の雑木林が残っています。

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目印のコンビニで右折、南東に進みます。おや? 神社のポスターです。「戸倉神社」・・地図には載っていません。

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グーグルやゼンリンの地図などをインターネットで見られるようになって、大変有難いのですが、拡大率によって、寺社の名前が出て来ないのは、使いにくい所ですね。

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行く手に森が見えます。多分あの辺りに神社があるのでしょう。左の方は「寺」っぽいなあ? 地図に表示されていない寺が有ることを思い出しました。お腹いっぱい・・満腹・・・ではなかった、「満福寺」です。このお寺、ホームページも作られていましたが、「無断転写お断り」ですから使いません。いつも思うのですが、「お使いになりたい方は、このアドレスにメールしてください」というようなやり方は出来ないのでしょうかな?

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十字路の角に、地蔵堂のようなものが見えました。確かめに参ります。

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m95-08-11 F4328屋根がついているのは、「庚申塔」のようです。右端の石は「寒念仏供養」真ん中は何でしょうね。車が来ないのを確かめて、横断。m95-08-11-2 F4331

 

中央の石には、地蔵菩薩らしい姿が彫られていました。

寺の駐車場があるために、道路なのか境内なのかよく分からない道ですが、寺の入口は、もう少し先です。

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太陽の位置が、一番悪いところにあって・・・「金谷山 満福寺」山門です。

m95-08-13 F4334「新編武蔵風土記稿」によると、『(戸倉新田)満福寺
除地三段、山王社の東に並べり、禅宗臨済派、郡中檜原村吉祥寺末、金谷山と號す、本尊彌陀木の坐像なり、客殿六間に七間南向なり、開山全喜西堂慶長十七年示寂す、此寺はもと郡中檜原村大向と云所にありしを、無印と云へる僧此地に引寺とせしと云、開山全嘉西堂は檜原村の開山にして、此地へ移りし僧は無印なり、よつて無印を中興の開山とす、此僧の寂年をつたへず。』

檜原村、檜原城城址の下にあった「吉祥寺」の末、檜原村から引っ越ししてきた寺なのですね。「大向」ってどの辺りかな? 「笹平」に「大向橋」というのがありましたから、その辺でしょうか?

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奥の建物が「本堂」のようですね。

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「国分寺市有形文化財調査報告書(神社・寺院)」によると、『金谷山満福寺は、檜原村吉祥寺の開山秋波江和尚が開基となり、天正2(1574)年に永岳全喜禅師を開山として吉祥寺の隠居寺として檜原村に開創しましたが、五世中興開山無印宗達和尚の代に引寺され、今日に至ります(『建長寺史末寺編』)。引寺の年代については、延享2 (1745)年の「満福寺引寺願下書」、延享 3 (1746)年の引寺説 (「皇国地誌」)、延享4 (1747)年の「棟札写」があるため、 18世紀中期頃と考えるのが妥当でしょう。戸倉新田の来歴については戸倉神社の項目に詳述したように、戸倉村(現あきる野市)出身の郷左衛門によって開かれました。村民の出身地は過半の5人が檜原村(現檜原村)であり、檜原村から満福寺を神社の東に引寺しました。
境内地は戸倉神社の東隣で、本堂と庫裏が南面して配され、本尊は阿弥陀如来とします。』だ、そうです。

「南無阿弥陀仏」でお詣りします。ただ、「臨済宗建長寺派」なので、ちょっと妙な気もしますが・・・

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こちらは、鐘楼です。

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これは「布袋」様ですね。

このお寺、いろいろなイベントを催しているようです。現代的活動の例として、ホームページを見てあげてください。

で、隣に「戸倉神社」があるようなので、入口を探します。

垣根の隙間・・・戌年木瓜爺、無事通過しました。一応通路が出来ていました。

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