2015/01/03: 木瓜爺撮歩96-01 武蔵国一の宮・小野神社 (No.2188)

武蔵国といっても、時代によってかなりの差がありますが、天平の昔、「国司」という天皇直轄の地方長官がいた時代にさかのぼりました。当時の国府は「府中」です。武蔵国に派遣された長官が、国内を一通り視察する意味もあって、各地の神社に詣でました。そのとき最初に行くのが一の宮、以下武蔵国では六宮あったようです。武蔵国は広いので6宮回る時間も費用も馬鹿になりません。それで、府中に「大国魂神社」を置き、格上の神社として「武蔵国総社」と名付け、ここにお詣りすることで、全部間に合わせることにしたようです。その方法として、総社の「大国魂神社」には、6社の分霊を勧請したのです。顔ぶれは次のようになっています。

東殿に祀られた3社: 一の宮:小野大神=小野神社(多摩市)。 二の宮:小河大神=二宮神社(あきる野市)。 三の宮:氷川大神=氷川神社(さいたま市大宮)。

西殿に祀られた3社: 四の宮:秩父大神=秩父神社(秩父市)。五の宮:金佐奈大神=金鑽神社(埼玉県児玉郡神川町)。 六の宮:杉山大神=杉山神社(横浜市緑区)

このとき三の宮であった氷川神社には、現在「武蔵一の宮」という大きな看板をたてています。どこでランク替えが行われたのか、木瓜爺はまだ知りません。で、この看板を無視して、オリジナルの一の宮、「小野神社」を取り上げます。住所は「多摩市一ノ宮1-18-8」

木瓜爺は、京王百草園から歩きはじめた撮歩の最後に、「小野神社」に寄ったのですが、真っ直ぐ行くなら、京王線の「聖跡桜ヶ丘」が最寄り駅になります。直接的な案内道標はなかったようですから、全くの知識なしで行くと、行き方が分からないかも知れません。あらかじめ地図を用意したほうが安全です。徒歩10分位でしょうか・・小野神社のホームページには、こんな案内図がついていました。この点線のコースだと、案内板があるかも知れません。

小野神社案内図

木瓜爺は左の方にある「真明寺」経由で入りましたので、行く道の経過は書きません。

m96-01-01 F1036 小野神社

到着した「小野神社」の正面鳥居です。鳥居の次に狛犬が一対、その後ろに「随神門」があります。先に、祭神のリストを入れます。

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「天乃下春命」、「瀬織津比咩ノ大神」、「伊弉冉尊」、「素盞嗚尊」、「大己貴大神」、「瓊瓊杵尊」、「彦火火出見尊」、「倉稲魂命」。 冒頭に書いた「小野大神」が、この神様群のどこまでが含まれた表現なのかは不明ですが、どうも最初の2柱が有力です。ただし、「天乃下春命」という見慣れない名前の神様は、権力者によって後で加えられたという説も有るようです。なお、「天乃下春命」は天孫降臨の際の警護神で、地上では開拓にあったので「開拓の神様」だと説明されている方もおられるようです。一方「瀬織津比咩ノ大神」は姫神ですが、他の神社では「治水」の神様とされているとの事です。「小野神社」は、多摩川の向こう府中にもあり、元はひとつだったけれど、洪水で流されるので両側に出来たというような話もあるようです。 こう話がこんがらかるのは、この「小野神社」をサポートしていた豪族が力を失って、神社が寂れた時期があるためのようです。小野神社のホームページには、こう記されていました。『一之宮から六之宮の位置は武蔵七党など武士団の分布に深くかかわっていると言われています。小野神社は横山党・西党、小河神社は西党、氷川神社は野与党・足立氏、秩父神社は丹党・猪俣党、金鑚神社は児玉党、杉山神社は横山党など、それぞれの武士団の影響下にあったと推測されます。』

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ややこしい話は後にして、鳥居のこのマークは貫禄ですね。16葉の菊ですよ。つまり数的には「皇室」のマーク。ただ、皇室の紋は花びらと花びらをつなぐ部分がありますので、違いはあります。これについては、神社のホームページにも記載されていません。「神社紋」なのでしょうか。「官幣小社」であった「大国魂神社」がどうなっていたか? 後でゆっくり調べて見ます。

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狛犬を見ます。・・・吽が子獅子連れです。

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うわ、この随神門が凄いな・・・「随神門」の額がついていますよね。何を勘違いしているのか、ここの「仁王」は気に入らないなどとブログに書いている人がいました。仁王様などいるわけがないのですが・・・あとで、恥ずかしく思うだろうなあ・・

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彫刻が凄いでしょう? 良いレンズで、三脚立てたくなりますね。

「新編武蔵風土記稿」には、この随神門のことが書かれているようです。「猫のあしあと」さんから、その部分を拝借します。『西に随身門あり、二間に三間半、随身の像は佛師運慶が作なりと云、前に木の鳥居たてり、郡中に一宮・二宮ありて、村名にさへ唱ふれば、此社の古きことは論をまたず、今に其社地をみるに、もと玉川の河原にして、四五百年来の開闢に過ぎざるべく見ゆれば、是へ移し祀りしは後世のこととこそおもはる、』

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これが、その随神の像。武将姿ですね。よくある「右大臣」「左大臣」とも違うようです。m96-01-22 F1082有形文化財で、ガラス張りになっています。

この「小野神社」のホームページは良く書かれていまして、由来などの長いこと。

『当社は安寧天皇一八年二月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶八年七月には正五位上の神階を授けられた。又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の僧長弁の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を本地となした信仰も行われていた。斯くなるm96-01-08 F1046所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。』まだ半分くらいの所です。この歴史を読むと、源氏との関連も強かったようですから、随神も武家スタイルになっていったのでしょうか? また朝廷との関係にも触れていますね。菊の紋も「一の宮」になったから許されていたのかも知れません。

随神門から、社殿の方を見ています。社殿は、割合小さく見えました。狛犬があちらにもいます。

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左横の方に、別の建物もあるようです。境内社のアパートか?写っていないのですが、随神門の左の方にも、神社がありました。後で寄ります。

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ちょっと「ギョロメ」の獅子ですね。社殿は、祈祷殿です。横から観察します。

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後部に神殿があります。こちらからはうまく写りません。反対がわに回って・・・

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ここから拝んでおこう・・・お賽銭は、さっき祈祷殿前で入れたよなあ? 短期メモリー異常の木瓜爺、苦労します。神殿横に、末社が一つありm96-01-18 F1074、額がついていたので、読んだのですが、「素戔嗚尊」だったかなあ? メモしておけば良かった。まだ記憶を過信して失敗している木瓜爺です。

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これが、境内社のアパートらしい建物、左の方をちょっと覗いたのですが、中がよく見えなくて、観察中止しました。右の方から覗くべきだったようですね。多分「小祠」が並んでいると思います。随神門の方に引き返す途中にあった「社務所」です。

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そして、「手水舎」と「随神門横の境内社・・稲荷神社」です。手水舎の奥の方にも注連縄が張られていますねえ?あちこちに神様がおられるようです。

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一通り書くのに、相当くたびれました。写真多すぎたかなあ?

ともあれ、この「小野神社」相当な神社です。「聖蹟桜ヶ丘」ですから、桜見物のついでにでも、散歩してください。

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明日は、この神社に来る前によった「真明寺」を紹介し、その後は、芝界隈に戻ります。なんせ、木瓜爺、忘れっぽくなっているので、「真明寺」を忘れそうなのです。

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2015/01/03: 木瓜爺撮歩96-01 武蔵国一の宮・小野神社 (No.2188) への2件のフィードバック

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  2. ピンバック: 2017/01/24: 府中市散歩;木瓜爺撮歩96-25 (本宿村) 小野神社 (No.2935) | 木瓜爺ブログ

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