2015/01/23: あきる野市菅生;木瓜爺撮歩69-12 正勝神社 (No.2208)

菅生高校の入口を通り過ぎて右手の方に「正勝神社」がありました。

m69-12-01 F4996 正勝神社

「村社」になっていた神社です。境内掲示板に由緒書きがあるのですが、透明プラが被せてあるので、写真にすると読めません。困ったものです。PLでも取り切れないようです。あとで拾い読みします。

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鳥居と社殿の間に、こんな門が作られていました。年末年始に「茅輪」でも付けたのでしょうか?「茅輪」というのは、文字通り「茅」などで作った直径2m程の輪です。それをくぐると「厄落とし」の効果があるとされます。

「あきる野市神社一覧」の説明によりと、『創立年代は不詳。元暦年間(1184~85)に居住していた武蔵七党中の横山党・菅生太郎有孝と次郎経久の祈願所であったと伝えられている。『新編武蔵風土記稿』によると「この社往古今の所より北の方にありしといふ、いつのころこの地にうつせしや」。明治2(1869)年に旧称山ノ神を正勝神社と改称。』となっています。このことは読めない説明板にも書かれているようです。

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境内の「サカキ」があきるの市の「天然記念物」指定になっています。どの木なのだろう?

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とりあえず、狛犬君に見参・・・余分なものはない単純構造です。

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この「正勝神社」、そもそもは「山神社」だったようです。「多摩の神社準備室」にはこう書かれています。

『正勝神社
鎮座地 菅生1819
祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと)
旧格式 村社
別当寺 泉蔵院
例大祭 9月29日
解説
創建年不明。
元暦年間(1184~85)武蔵七党のうち横山党に属する菅生氏の祈願所であったという。
江戸時代には菅生村の鎮守として信仰されたが、単に「山の神」といわれていた。
元禄4年(1691)村人の参拝の便宜をはかるため奥地より現在地に遷された。明治2年 (1869)現社名に改名。
ご神体として室町時代作の青銅製十一面観音の掛仏が伝わる。』

読めなかった説明板を少し解読します。少々お待ちを・・・

最初の方は、神社名、住所、祭神なので省略して・・・「御神徳:この神は古くは山の神と称し、農業の神で「春には田畑の神として里に出られ、秋には山の神として山に帰られる」という山の神信仰が全国共通にあり・・・(中略)・・家内安全、商売繁盛、・・鉱山、航空、航海を守護・・・」すごい万能神のようです。

「由来:当社の創立不詳ですが新編武蔵風土記稿及び郷土史家として勲5等瑞宝章の叙勲を受けた故山上茂雄氏の言によれば、古くは山神社と称し現在地より奥方約一千米位の地「菅生字大沢1934番地に鎮座せしが住民参詣不便のため、天保年間に至り現在の地に移転しました・・・(以下略)」

菅生兄弟のことは書かれているのかな? 最後の方に書かれています。祈願所にしていたというあきる野市の説明と合致しています。この「菅生太郎有孝」と「次郎経久」兄弟、「すってくりょう」怪談の主なのです。ご存じない? では、これをご覧下さい。

09 怪談「すってくりょう」:木瓜爺撮歩69-5 「あきる野本願寺」から「兄弟塚」へ  (No.1737)

ここには、もう一つ名物があるようです。

『【菅生の組立舞台】
正勝神社の祭礼の際に組み立てる舞台で、古い材料と形式をそのまま残し、五間舞台と八間舞台用の2組、ヒノキや杉など大小の丸太を荒縄でゆわえて組み立てます。大正年間に作られたもので、東京都の有形民俗文化財に指定されています。』

このことは、来る途中の「追分橋」にも書かれていました。

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社殿は、前の方が祈祷殿で奥に神殿が造られています。横から見ると・・

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なるほど・・・・m69-12-11 F5016 賽銭箱脇に、無人スタンドです。 のどかだなあ・・ 社殿向かって右に、境内社を見付けました。これが「大口真神」つまり「山犬神」・・・御嶽神社の一番奥にある神社と同じです。
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奥の方の小さいのが「大口真神」です。大きい小屋は祭りの道具だったかな? 忘れています。そしてもう一つ「末社長屋」

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向かって左から「八雲神社」「猿田彦神」「弁天様」「稲荷社」でした。あれ? これm69-12-16 F5035は何だっけ? 一つ思い出せません。神社の案内掲示にも何も書かれていません。m69-12-17 F5037

 

 

 

 

 

 

 

弁天様が居られるなら、池があるだろうと歩き回って見付けました。「湧水」のようです。

この神社は、秋に「菅生歌舞伎」などが開催されるとのこと、歩ける内に一度は見に行こうと思います。では、失礼します。明日は、同じあきる野ですが、原小宮の方から歩き直します。

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