2015/01/30: 相模原散歩;木瓜爺撮歩97-01 「徳本碑」 (No.2215)

高尾山の東側、草戸山の東には「津久井湖城山公園」があります。「津久井湖」というのは、「城山ダム」によって出来た人造湖で、ダムに近い部分は「城山湖」と呼ばれています。このあたりから、相模原市散歩の入口にしようと思います。八王子駅から出る「横浜線」の「橋本駅」が出発点なのですが、実は毎月出かけている八王子市館町の浄泉寺から、1.5時間ほど歩くと、この「城山湖」の傍まで行ってしまう・・つまり八王子の隣町みたいな場所なのです。

津久井湖の湖畔といっても、薬師山の上になるのですが、「峰の薬師」と呼ばれる、霊験あらたかな薬師様があります。「霊験あらたか」というのは、木瓜爺の体験から言っていることで、他の方のことは存じません。木瓜爺の亡母は、90才に近づいた頃から、入退院を繰り返しました。覚悟をしてくださいと言われたこともあります。そのとき、木瓜爺はこの薬師様にお詣りしお守りを頂いて帰りました。それを母の元に届けたのですが、二回まで回復出来たのです。勿論、お礼参りにも行きました。三度目は、お詣りする前に、薬師様から阿弥陀様に連絡して頂いたようで、しずかに旅立って行きました。えらく親孝行のような事を書いておりますが、「峰の薬師」にお詣りしたあとは、高尾山の南峰をてくてく歩いて、山を楽しんで来ました。つまり、低山縦走の出発点が「峰の薬師」だったのです。Choi-Boke爺ちゃんのブログでは、例えば 峰の薬師から草戸山等を書いております。

本題に入ります。2015/01/19 のことです。義弟が昨年秋に倒れ、回復が思わしくないというので、「峰の薬師」にお詣りしてこようと思い立ちました。ちょっと遅い出発時刻になってしまったので、山道の縦走は止めて、城山湖にちょっと寄るくらいにする予定でした。

橋本駅東口から、「三ヶ木」行きの「神奈川中央バス」で、「クラブ前」下車。バス停の前にあったコンビニが消えていました。橋本駅で弁当を調達しておいて良かった・・

津久井湖を横断する「三井大橋」に向かって歩きはじめました。

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分かれ道、ここは左です。遠くに山が見えていますが、あの山に登ります。

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「三井大橋」にやってきました。「あれー、歩道橋が出来てる!」。赤いアーチの橋が車道ですが、この前来たときは、車道の端を歩かされて、車にビクビクしたのですが、右の方に人間と自転車用の立派な吊り橋が出来ていました。これなら安心です。

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安心して、津久井湖も眺められます。あれが、「草戸山」の部分かな?

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橋を渡り終えて、振り返っています。ここからちょっと登り道になります。

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此路を右に入るのだった・・・記憶は確かなようです。見覚えのある風景が出て来ました。

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山の上に塔が見えますね。あれは、奧の院のちょっと先にある電波塔。あの脇を通る筈です。ここから右にちょっと下り、川というか窪地にぶつかり、左折となります。

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石垣が積まれているのですが、その上に古木が生えているのですが・・・有りました。あの古木の下の道は、先ほど見えていた大きな邸に入る道です。

右側の窪地には、旅館がありましたが、現在は廃屋です。自動車まで捨てて有りました。窪地はいわゆる「沢」なのです。沢の突き当たりで道は曲がりますが、そこに「徳本碑」という石碑が立っています。

下の写真です。真ん中に見える石です。説明板が立っています。バスを降りたとき12時でしたので、徳本碑を見ながら昼食にします。ベンチはないけど・・・m97-01-09 F5088 徳本碑

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「徳本上人」というのは、江戸時代の浄土宗の僧侶です。諸国行脚をしています。少し詳しく書こうか? 「徳本連社誉」とかいう名前だったと思うのですが「徳本讃誉上人」が正しかったなな? ちょっとあやふやでゴメンナサイ。1758~1818年というから、60才で死んだことになりますね。浄土宗は「南無阿弥陀仏」つまり「念仏」と唱えますが、この「徳本流?」の念仏は、木魚と鉦を激しく叩くという賑やかな念仏だったそうです。この方の「書」もm97-01-11 F5096一種独特のもので「蔦文字」とか呼ばれたそうです。これは、現物が目の前にあります。「南無阿弥陀仏」だと知っていないと何だろな? ですね。左下の「徳本」の部分を拡大。m97-01-12 F5095

徳本の下に円に十が書かれています。これが「花押(かおう)」・・今なら「はんこ」に相当する部分です。この「徳本上人」が、八王子の大善寺(Choi-Boke爺ちゃんのブログで、2011/11/1「観池山往生院大善寺」https://kzmuraoka.wordpress.com/2012/11/01/として書いています)に来た後、この「薬師山」下に庵を結んで滞在していたらしいのです。それを偲んで、講中が建立した石碑だと説明されています。なお、「徳本上人」が寄った「大善寺」は、八王子の大横町あたりにあった時期です。

サンドイッチを食べながら、あたりを見回すと、面白い物がありました。

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左の石は一見何か良く分からないのですが、右の方は文字が読めます。「蚕蛹(かいこのさなぎ)供養塔」なのです。津久井は昔から養蚕が現金収入の道だったそうです。左の石も「さなぎ」供養でしょう。

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この徳本碑の脇に、昔はお堂もあったそうです。この空き地がその跡かな? さて、一服付けて、そろそろ出発しましょうか・・・これ道かな? 現在は行き止まりみたいですが・・・何か石碑に書いて有ります。

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「薬師道」の表示ですね。どちらを示しているのかよく分かりませんが、現在の道を進m97-01-18 F5104みます。坂道を登るようですが・・・あれ? お地蔵様が座っておられる!

というところで、今日は切ります。入力の夜更かしで、ちょっと「咳」が出て来ました。

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2015/01/30: 相模原散歩;木瓜爺撮歩97-01 「徳本碑」 (No.2215) への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 2015/08/25: 相模原市相原;木瓜爺撮歩97-25 龍源山 正泉寺 (No.2421) | 木瓜爺ブログ

  2. ピンバック: 2015/09/21: 木瓜爺珍百山-06 :〔薬師山〕 大覚山 東慶寺 (No.2448) | 木瓜爺ブログ

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