2015/01/31: 相模原散歩;木瓜爺撮歩97-02 薬師山下の地蔵堂(?) (No.2216)

「峰の薬師」があるのでついた名前でしょうが「薬師山」の麓で、地蔵様が仁王様代理m97-02-01 F5105を務めるお堂を発見した所からですね。このお堂は人の目に付かないのか、山登りの人のブログにも現れません。石段の上に小型のお堂があります。急ぎ旅でもないし、寄って見ます。

それにしても、両側のお地蔵様、日向と日影で、ラチチュードの狭いデジカメ泣かせですねえ・・

暗部を明るくして、ハイライトを暗くして・・・画像ソフトで何とかしよう・・・でも、下の写真程度にしかなりませんでした。加工をすると、自然さはどんどん失われて行きますね。「左と右別々に写して、くっつけろ!」 成る程、デジタルの技ってそう言うことですか?

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石段を上がった所に、由来らしき石が立っていました。「峰薬師御開帳紀念 大正13年10月12日」と彫られています。「記念」ではなく「紀念」と書かれているのは、意味があるのでしょうか? 大正13(1924)年ですね。「峰の薬師」は何年創建だったかな?

山に登るのが辛い人用に、「里薬師」でも作られたのかなあ? m97-02-04 F5108

幸いに格子が大きいので、中を拝観出来そうです。手を合わせながら、奥の手をだして、・・・m97-02-05 F5109

 

 

 

 

厨子が半開きになっていました。いや、扉が半分もげてしまっているようです。

真ん中に見えるのは、「地蔵菩薩」のようですねえ。どうやら、ここは「地蔵堂」のようです。それで、仁王様の代わりも自前でやっておられるのか・・左右は何か分かりません。「まった! 僧形薬師というのがあるよ!」横合いから、Choi-Boke爺ちゃんがクレームを付けてきました。調べて見ると、群馬県にある「小野の塩薬師」が僧形なのです。これは「僧形の石像」を小野小町が薬師様だと思って拝んだせいらしい(?)、名前としては、確かに僧形薬師が居られました。蛇足ですが「僧形文殊菩薩」というのも存在するそうです。ただ、木瓜爺も良くやる失敗ですが、弘法大師とか慈覚大師とかの僧形像を一緒に祀ると、僧形八幡菩薩像だと思ってしまうのです。

「峰の薬師」の尊像の御開帳のとき、このお姿に見えたのかも知れませんが、ここでは常識的に「地蔵堂」ということにしておきましょう。

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地蔵堂を通り過ぎて、何回か折り返しの坂道が続きます。途中で「城山」が見えました。あの山は「津久井城」があった山です。・・・と、ここまでは、木瓜爺の頭はちゃんと働いていました。

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少し進んで、車道が見えて来ました。あの道に出たところに、「峰薬師表参道口」の石碑があります。

「おっ! トンビだ」 空を写しました。入っていますね。でも、小さいなあ・・

 

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m97-02-11 F5121津久井湖が見えました。車道に出たところから見る「城山」は絵になりそうです。それで、まんまとだまされるようになっていったのだなあ。これは、独り言です。m97-02-12 F5122

 

 

 

 

 

 

 

 

参道口の石碑がありました。道路を渡った所に、階段があり、それを上がるのですが・・ちょっと先にベンチなどが作られたスペースが見えました。一休みしてから登れということか? 寄って見ます。

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m97-02-14 5127バス停がありました。「峰の薬師入口」。ここに来るバスは、三ヶ木から来るようです。m97-02-15 F5129

 

なになに? えーっ? ここが「津久井城址?」 そうじゃないのです。これは、石に彫った地図の説明だったのですが、ボケ爺の悲しさ、すっかり混乱してしまいます。

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城跡の説明らしき絵図。「金原伝承絵図」と書かれています。

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この説明板でますます混乱。現在地のマークで、やっと、城跡は向こうの城山の方なのだ・・・ここは、「津久井城址と津久井湖の展望台」だったのです。

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しかし、展望台なら展望台らしく、ちゃんと見えるようにしてくれ・・冬でこれですかm97-02-19 F5137ら、夏は何も見えないのでは?

城山などこういう形で見えます。

前出の「金原伝承絵図」で見ると、城山との間には、「蛭窪川」が流れ、川の向こう側には北条方の「内藤」軍が布陣し、川のこちら側には武田軍が散開しているようです。その地面は、今は津久井湖の水の中という事でしょう。 「蛭窪川」といのは現在の「相模川」ですね。「三増合戦」という後北条対武田信玄の戦いのようです。

本筋に戻って、峰の薬師表参道に行きましょう。

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