2015/02/20: 青梅街道狭山付近; 木瓜爺撮歩98-14 宿・薬師堂と子育地蔵尊 (No.2236)

禅昌寺の前の道は、最近巾が広くなったようです。m98-13-20-DSC_3968その工事の影響か、個人宅にあったらしい稲荷神社が引っ越しさせられたり、道路脇に集められたような感じです。

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そういえば、つい数日前のことですが、我が家の近くで、住宅の解体作業・・多分、新築のためでしょう・・が行われていたのですが、その家の庭には鳥居付きの稲荷社があったのです。朝通ったときには、母屋の解体をはじめたばかりだったので、何も思わずに通過、ところが夕方戻って来ると、稲荷神社が逆立ちしていました。あれ、ちゃんと神様に移転をお願いしたのでしょうかねえ? いささか心配しています。

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あちこちの稲荷神にご挨拶しながら進んでいます。ここは、脇に社がもう一つついていました。

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広い通りにぶつかりました。右折します。と、思ったとき「ジョウビタキ」発見です。

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このジョウビタキ、しばらく一緒に歩いて(?)くれました。青梅街道に出て来ましm98-14-07-DSC_3978た。「宿」に到着。角に「薬師堂」があるはずなのですが・・おかしいな、ちょっと先かな?m98-14-08-DSC_3979

 

 

 

左側でしたから、この写真では見えなかった・・・住所的には、「三ツ木」に入ったのですね。

 

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行き過ぎて、振り返った形で写したもの。ブロック塀に囲まれています。

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新編武蔵風土記稿に曰く、『(三ツ木村)薬師堂
除地、一段六歩、字宿にあり、二間半に三間半東向、本尊木の坐像九寸許、長圓寺の持。』 長圓寺というのは、もう少し東、800m程離れた所にバス停があったと思います。

武蔵村山市の「歴史散歩掲示板」があるはずなのですが・・この柱に書かれているのかな?m98-14-14-DSC_3985

 

読めないなあ・・書き写しましょう。「江戸時代慶長年間(一五九六〜一六一四)の創建。本尊は薬師如来(高さ約二十七センチメートル)で霊験あらたかな秘仏であったと伝えられていますが、昭和十五年の火災で詳しいことは分からなくなってしまいました。現在の本堂は、昭和十六年に再建されたものです。毎年十月八・十二・二十二日は縁日で、薬師念仏鉦はり(都指定無形民俗文化財)が奉納されています。」

この「薬師念仏鉦はり」というのが、横の石碑に書かれているようです。

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「双盤鉦」という鐘を叩きながら念仏を唱えることが流行したけれども、第二次世界大戦で金属鉦を供出したので廃れた・・・と言うことですか。「薬師念仏鉦はり」というのは、別系統で保存会が継承しているという事のようです。現物を知らないので、どうもピンと来ません。どう理解すれば良いか・・・ふと思いついてインターネットで検索。YouTubeに「平成22年 宿薬師堂 薬師念仏鉦はり(双盤念仏) 」というのを見つけました。 なるほど・・・それを聞きながら、ブログを書いています。要は『双盤念仏は平安時代以来の「念仏」の流れをくみ、鉦(4個)と太鼓(1張)を打ち鳴らしながら、これに合わせて独特の節をつけて念仏を唱える仏教行事です』ということですな。

m98-14-13-DSC_3984なぜ、それが薬師堂で行われるのか? 阿弥陀堂でやれば良いではないか? 木瓜爺にはよく分かりません。歴史的ないきさつが有るのでしょうが、かじで燃えてしまったのかなあ?

この石に書いてないかと必死に?読んだら、三ッ木の道路改修之碑でした。がっかり・・では、薬師堂にお詣りします。 念仏でもよい薬師様のようですから気は楽です。 先日も書きましたが、年寄りの病人の場合、薬師如来に病気平癒をお願いして、「駄目なら、早めに阿弥陀様に連絡していただいて、遺族の負担を低減して下さい。」と付け加えることが殆どですからね。案外、薬師念仏というのも、庶民のそういう願いから生まれたものかも知れません。m98-14-15-DSC_3987

こちらの薬師様は9寸木像だったが焼けた後はどうなった? もう一度YouTube を見ます。仏壇中央は金色に見えます。新しい仏像が使われているようですが、薬師如来か阿弥陀如来かは識別出来ませんでした。

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薬師堂の横に立っている「平和の誓い」という塔です。地球の上に大きな鳩が居るようです。 何故、鳩が平和なのだ? って考えた事ありますか? 木瓜爺・・「昔、ピースってタバコがあってな 鳩の模様がついていた」・・、記憶が定かではないのですが、旧約聖書の「ノアの方舟」のお話からはじまっているようですね。波が静まったときに、鳩を飛ばしたら、オリーブの枝を咥えて戻ってきたので、洪水が静まったことが分かったのだったか? しかし、それを何故平和の象徴にしたのかと言うところを、今もって理解していません。

インターネット検索をすると、子供向けにいろいろ書いて有りますが、最後のところが納得出来ないのです。「誰がいつ決めた」のだ?・・・だから、タバコの専売局が決めたんだ! 木瓜爺だんだん頑固になってきました。

冗談はさておいて、薬師堂の広場の隅に、「宿の子育地蔵尊」というのがあります。

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説明が書かれているのですが写真だと読むのが大変。「造立年代は不詳ですが、明治時代に旧青梅街道が改修されるまでは東にあった道路の傍に立っていました。改修のとき現在の場所に移されたものです。以前は子供のいない家でしゅもりをしていたそうですが、今は子育地蔵とよばれ、毎月四・十四・二十四日の縁日には、遠方からもお参りする人々があり篤い信仰を受けています」です。

さて、バス停を探そうか・・と、思ったのですが、地図を見ると、ちょっと先に「赤稲荷」と書いてあります。そこまで行くことにしましょう。

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