2015/02/23: 国分寺から小金井へ;木瓜爺撮歩95-13 東京経済大学 新次郎池 (No.2239)

平安神社を出て、野川を渡ります。振り返って神社の方を見ています。野川の方は、ご覧のように、方向変更を強制されています。

m95-13-01 F5636

m95-13-03 F5638

 

m95-13-04 F5639

渡る橋は「平安橋」、神社からの命名でしょう。橋を渡った所に、もう一本水路がありました。これは昔の川の名残かも知れません。あるいは分離した下水溝か?m95-13-05 F5642

 

 

少し進むと、広い道路を横切ることになりました。多分、国分寺駅南口からやってくる道でしょう。m95-13-06 F5646

 

 

これを渡って更に東に・・・ちょっと懐かしいような小さな花屋さんの前を通って進みます。左側は丘になっていますが、その上に「東京経済大学」の建物があります。m95-13-07 F5647

東経大の下を通り過ぎる寸前なのですが、「新次郎池」というのがあります。まず、案内板をお目にかけます。「公開空地」「公開空間」これは、所有者である「東経大」からのメッセージだと思います。大学の隅にある空き地を市民に公開しているというのです。空き地は一部を除いて、柵の中です。

m95-13-08 F5650

 

 

一番奥に「新次郎池」があります。これは、国分寺市の最東端にある湧水池です。東京都名湧水57選にも入っています。小さな池ですが、5ヶ所ほどの水源があります。曾ては、この湧水を利用した「わさび栽培」が行われていたほどの水量もあったようです。

m95-13-09 F5651 新治郞池

ここが入口ですが、入った所に駐輪場がありました。入学試験が行われる時は、受験生以外は入らないで下さい・・・もっともだ・・今日は入試日ではないらしい。左上に見えている建物は、大学の図書館だったかなあ? 手前に何かあったかなあ?

m95-13-10 F5667

一番奥の「新次郎池」です。コサギが遊んでいます。足を使って、魚を追い出していました。勿論食べる為です。

「新次郎」という名前の事を説明しておきましょう。これは、東京経済大学の学長「北沢新次郎」(1887-1980)の名前から来ています。かれは、学長になったとき、山葵畑をつぶして(買い取って?)池にしてしまったのです。それで、「新次郎池」なのです。

m95-13-12 F5659 新次郎池

水は多くない時期ですが、魚はいるのでしょうね。でも少ないのか、食べる形になりません。でも、飽きもせずに、足を動かしていますよ。

m95-13-11 F5657

人にはなれているようで、平気です。木瓜爺もしばらく眺めていました。コサギだけでなく、林にはオナガドリも姿を見せました。コンデジでは撮せない!

m95-13-14 F5663

m95-13-16 F5669

 

さて、寄り道を打ち切って、先に進むとするか・・・

m95-13-13 F5660

お? 捕ったか? 良かったね、バイバイ・・・

m95-13-15 F5668

コサギに別れを告げて、出発!

m95-13-17 F5673

こんな道は通ったことないなあ・・・考えてみると、子供頃は、中央線の線路沿いに、土手の上を歩いていました。東経大の裏側を抜けていたのです。でもこの辺は歩きそうなものですが、記憶に全くなし。人家がなかったのかも知れません。

ちょっと面白い家を見つけました。玄関の所に「額」があるのですが、何が書かれているのか分かりません。いずれ勉強します。

m95-13-18 F5675

m95-13-19 F5674

もうすぐ、「貫井プール」跡に到着の筈です。

広告
カテゴリー: , 公園, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中