2015/02/25: 国分寺から小金井へ;木瓜爺撮歩95-15 貫井神社 (No.2241)

貫井神社は、木瓜爺の記憶の中では「貫井の弁天様」です。国分寺駅と武蔵小金井駅の中間、厳密に言えばやや小金井の方が近いと思います。

m95-15-01 F5681 弁天神社

石段を上がります。

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鳥居前の小広場。ここはまだ境内と見なさないことにしてあって、左下の木陰が落ちている所に、喫煙者用のベンチがおかれています。正面が拝殿ですが途中に橋があります。橋の左右は「弁天池」ですね。ここが意外に楽しい時があります。右手前にもベンチが置かれており、その前を通って右にちょっと離れてトイレも用意されていますから、老人の散歩コースとしては好適。木瓜爺が近くに住んでいれば毎日でも行くでしょう。 その右のベンチの前に、面白い石碑を見つけました。

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奥の方です。なにかお坊さんが居られるようですね。これ、意識的に作ったのかも知れませんが、壊れた古い石碑(黒っぽい部分)を修復して有るのです。埋め込んであるという説明が分かりやすいかな・・

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何が書かれているかと見に行きました。どうも「山岳信仰的な霊山供養碑」らしいのです。上部の中央には「月山大神」で左右に「羽黒山」「湯殿山」、次の段には、「二荒山」「象頭山」「三笠山」「御嶽山」などが並んでいます。下の方には、近い場所の山名が見えます。「高尾山」「御岳山」「白峰山」「三峯山」・・・、中には木瓜爺の知らない名前もありました。

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こちら側から拝殿の方を見ています。池には、大きな鯉が飼われていて、参詣者がエサを撒いています。 岩の上に並んだカメは偽物でした。

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さあ、橋を渡って、お参りしましょう。

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ところが・・・橋の上に「これ一本レンズ」を付けたカメラマンがいました。「これ一本レンズ」って何だ? つまり、APSサイズの一眼レフなら17~200mmというような常用レンズのことです。木瓜爺の目玉にも見えました。

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木瓜爺の手にあるのは、X20。レンズを一番伸ばしても、この程度(これでも、周辺少しトリミングしています)にしか撮せません。しょがねーなー・・・流し撮りの練習でもするか・・・ ウーン、止まらないや・・・ピントも合いません。

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橋の上でしばらくカワセミを眺めていました。♂のようですね。

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この日は、割合長くいたようでした。後日談になりますが、やや長いレンズを持っていたときに寄ったのですが、そのときは全く姿を見せませんでした。いつも来ると言うことではないようです。小さな池ですから、魚資源は十分ではないのでしょう。逢えただけでラッキーということにします。この池、瓢箪型なので、正しくは「ひょうたん池」だそうです。

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小金井市史には『貫井神社 (所在地)貫井南町3-8-4。はじめ弁財天と称したのを明治維新のとき、いまの社名に改称された。貫井発祥の地と伝えられる下弁天に鎮座してあった厳島神社(祭神市杵島姫命)に稲穂神社(祭神大貴己命)を合祀する。鎮座の年月日縁起など明らかでないが、古く創建されたものと推考される。社殿の彫刻など小金井市にはめずらしい建築であり、境内も市内有数の景勝地である。
本社は間口、奥行とも5.46m、拝殿は間口5.46m、奥行3.64m。往昔は真明寺が累世別当職に任じ、祭紀の職を兼ねたが、明治2年(1869) 1月、はじめて司掌をおいた。例祭は9月15日。
『新編武蔵風土記稿』に「弁天社 除地八畝十歩、村の北にあり。その地に広さ二畝ばかりの池あり。その孤嶼に安んず。本社二間に一間半、拝殿三間に二間。前に木の鳥居を建つ。神体木の坐像三寸ばかり。弘法大師の作という」と記載しである。』と、記述されているそうです。

冒頭に出てきた「下弁天」、別の場所らしいので、いずれ調べて見たいと思っています。

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なかなか味のある「狛犬君」です。足元の様子は、子獅子の谷落としだったようにも見えますね。

「多摩の神社準備室」に何か書かれていないかなあ?

『貫井神社 貫井南町3-8 祭神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと) 旧格式 村社  別当寺 真明寺
例大祭 9月15日
解説 旧貫井南の鎮守。
天正18年(1590)弁財天を祀り貫井弁天と称された。明治になり厳島神社と改名、
更に一ノ久保にあった貫井神社を合祀して社名を貫井神社とした。
雨乞いに効力ありとのこと。 本殿は江戸時代の建造物であったが近年焼失。
すぐに再建された。
貫井神社の狛犬  詳細不明』

残念・・写真も写されていますが、詳細不明だそうです。さらに、「下弁天」を取材されていました。写真も写されています。 やっぱり、頼りになる! 天正18年の創立というのは、境内にある「由緒碑」からの情報でしょう。この石碑、一応写したのですが、逆光フレアでひどいことになっています。

m95-16-00 F5714『貫井神社の境外摂社、下弁天社 慶長10年(1605)年創建。
地元の大澤氏によって祀られていた。貫井神社が上弁財天と言ったのに対し下弁財天と言われた。』・・・近くにあるようですから、次の機会に探してみます。

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お参りをしてから横に回ります。後ろに立派な神殿があるのですが、見えるかな?

m95-15-14 F5706

これなのです。火災で焼けて再建したものですから、格調高く存在しています。

境内社がいろいろややこしいのですが、とりあえず、ひょうたん池の所にある「稲荷神社」を・・・

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お腹が空いたので、喫煙者用ベンチに座っておむすびを囓ります。明日は、お隣にある別當寺であった「真明寺」に行って、それから山に上がって行きます。

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