2015/03/02: 小金井市散歩;木瓜爺撮歩95-20 前原 神明宮 (No.2246)

見つけた鳥居は、前原三にある「神明宮」でした。この神社は、いつも頼っている「多摩の神社 準備室」には収録されていないようです。「猫のあしあと」の方にも、神社名だけしか有りませんでした。ただ、東京都の「復縁神社」という奇妙な「縁結び御利益」のある神社を並べたサイトで、名前を発見してびっくり! 小金井市前原町3-15-18と住所が書かれていましたから、この場所です。

m95-20-01 F5841

これが鳥居の所から写した神社。この更に東の、参道入口には、次のような石碑がありました。ちょっと木が被さっていますが、「神明宮」となっています。

m95-20-11 F5843

真っ直ぐな参道というか道路なのです。で、m95-20-02 F5840鳥居の後ろに思わぬ名前を見つけました。

「昭和35年・・・奉納 小川泰顕」 国分寺を歩いた時のブログに書いた名前です。不動産業者で、昔、木瓜爺はこの方の屋敷の横で遊んで居ました。国分寺本町の八幡様の鳥居に名前を見つけて、へーえと思ったのですが、遠く離れたこんな所にも鳥居を奉納されているのだ・・あとで、少し関連が推定できることに出逢います。

とにかく、お参りしてきます。地図にない神社なのに、思ったより広い境内です。「神明宮」ですから、「天照大神」が祭神であることは確かでしょうが、どういう神社なのか?

m95-20-03 F5824神冥宮

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〔2016/1/1 追記: 「新編武蔵風土記稿」の「上小金井村」の鎮守として、「神明社」がありました。修験の寺「光明院」の持ちであったことが分かりました。末社として、稲荷社と疱瘡神があったと記録されています。〕

脇の方に境内社、お稲荷さんがあるようで赤い幟が立っています。

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なかなか立派なつくりです。由来が彫られた石碑がありました。概略を書き写します。

m95-20-10 F5837『この神社は、天正9年に当地に鎮座したと伝えられている。明治42年に「小金井神社」に合祀されたが、戦後の昭和22年10月地元の有志の発起で、元の場所に再建された。境内地、参道などは、所有者鴨下良輔氏によって提供された。』成る程、元の場所に作られたから「復縁神社」になった!なんてね。

この碑文を書いているのは、元都議会議員の小川勝一さん。もしかすると、小川泰顕さんの親戚かも知れないお名前です。碑が建てられたのが昭和50年です。まだインターネットに情報がない時代なので、正確なことは探索できませんでした。

これが、社殿の後ろに隠れていた神殿部分です。戦後の復興期なので、材木的にはややお粗末に見えますが、ちゃんとした神殿です。稲荷社にも参拝。

m95-20-07 F5833

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やや小型の鳥居とお社です。「正一位稲荷」となっていますから、伏見稲荷の系統でしょう。思わぬ所に「神明宮」を見つけて、ブログ種1日分増えた木瓜爺、次に向かいます。東に進んで「小金井街道」を越え、中町にある「西念寺」「金乗院」そして「小金井神社」に行こうと思います。

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