2015/03/18: 国分寺市散歩;木瓜爺撮歩95-31 真姿の池 弁財天 (No.2262)

国分寺薬師堂の石段を下ると、左には「本多家墓所」、正面には、「武蔵国分寺遺跡」が広がっています。現在の国分寺は左の方にあります。今回は、降り出した雨で、寄るのを忘れてしまいましたので、次回(?)にはしっかりお参りすることにします。

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この、「国分寺跡」整備工事がまだ続いていました。現在は「講堂基壇」の部分の芝生を養生中と縄が張ってありました。「金堂跡」の方は、入れるようです。

「基礎石」に腰を下ろして、ペットボトルのお茶と固形カロリーメイトのささやかな昼食。腹の周りの脂肪を燃焼させ、血糖値も低下させようと、歩くのですが、お腹がすいたと調子よく食べると、逆効果になってしまうやっかいな体質。歩いている時は、カロリー的には、やや不足気味の軽食にしています。

木瓜爺の隣の住人? 身体が痒いのか、岩の上で体操中。

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木瓜爺が、カロリーメートを囓りはじめると、のそのそやってきました。「こんなの食べられるか?」と、欠片を掌に載せて差し出すと、慎重に匂いを嗅いで、「鼻ニャーン(にあわん)!」と、離れて行きました。元の石に戻ってあたりを眺めています。

別の方角から、三毛猫が姿を現しました。「おい、友達が来たみたいだぞ。」教えてやると、のそのそ近づいて行ったのですが・・・初対面なのか?・・「ふーっ!」

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喧嘩になるのかと思ったら・・・

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そろそろ、「猫の恋」の季節がはじまるのでしょうか・・・春だなあ・・・でも、今日はお見合いだけだったようです。離れて行ってしまいました。

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この猫、暫くして、木瓜爺の方に駈けてくると、「爺ちゃん、雨だ!」と叫んで(?)、駈け去りました。

本当に、ポツリ、ポツリ 降り出しました。慌てて、傘を出し、出発。木瓜爺の撮歩時の携帯品のことを一度書いておくと良いのかな? いつか書きましょう。

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雨が降り出す前に写したものですが、「国分寺」の入口です。奥に山門が見えています。今日は素通りで、もう一つ先の道を入ります。

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長屋門のある古い農家、今では「おたかの道湧水園」という施設になっており、中に「国分寺跡資料館」がある筈です。この次に来た時入ります。この向かい側に、無料休憩所(トイレもある)「史蹟の駅」というのが出来て居ました。

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結果論ですが、ここで雨宿りするのが利口だったようです。木瓜爺は先を急ぎました。

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このあたりの地図がありました。「お鷹の道」を右に進んで、「真姿の池」湧水群の道に入ります。

「お鷹の道」というのは、このあたりが、尾張徳川の鷹場だったことから付けた観光用の名称です。国分寺の裏から流れ出した小川に沿った小径です。

この地図には書かれていませんが、国分寺公園から、雑木林を抜けて、直接「真姿の池」の上に下って来る遊歩道もあります。なお、この湧水の流れですが、もう少し先で、野川に合流することになっています。 「真姿の池湧水」の標識に従って左折しました。弁天様の前の農家で、いつも野菜を売っています。

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そして弁天様。正式名称は分かりませんが「真姿の池弁財天」で通っています。国分寺市のHPでは、こう書かれています。「嘉祥元年(848年)、絶世の美女といわれた玉造小町が病気に苦しみ、病の平癒を願い全国行脚をした際に、武蔵国分寺(注:薬師様に)で願をかけたところ、「池で身を清めよ」との霊示を受けて快癒したとの言い伝えがあります。現在は弁財天が祀られています。」

挿入・・・昔の写真です。昭和35年頃でしょう。

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ここは、新編武蔵風土記稿には記載されていないようです。「国分寺市の文化財」には、真姿の池遊水群の説明の中で『弁財天は江戸時代の終わり頃から、養蚕を行う人々に盛んに信仰され、祭礼には芝居興行も出るほど賑わいました。』と記述されていました。

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神社と言うことになると、祭神は「市杵島姫」ということになるのですが、ここは「宇賀弁才天」のままなのでしょうか? 民間信仰で神仏一緒くたの状態のようです。お堂の中には「弁財天」の提灯がぶら下がっています。

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ここは、湧水の一つで、以前は水をくむ人が多く通った水源ですが、綺麗に整備されたら水を汲む人がなくなったようですね。皮肉なものです。この上にもう一つじんじゃがあるのですが・・・

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この写真で、左は先ほどの弁天様の鳥居。奥の赤い鳥居のことです。これは、「稲荷社」でした。

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弁天様の鬼門を守る神社として存在するのか、屋敷神がここに出て来られたのか、よく分かりません。

稲荷社の横の石段を上がって、国分寺駅方面に向かいます。途中に「リオン」の建物があります。大昔は「小林理学研究所」という名前だったかな。今は「補聴器のリオン」として、お世話になっている方も多いでしょう。m95-31-15 F6580弁天様の直ぐ裏の住宅もここの社員用住宅だったかな?

では、これで「続国分寺撮歩」を一旦終了します。明日からは、都心の散歩をします。

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