2015/03/27: 虎ノ門散歩;木瓜爺撮歩94-23 西谷山 観崇院 大養寺 (No.2271)

西久保八幡神社を出て、少し北に進むと、虎ノ門5丁目に入ります。分かりやすい位置とはいえないのですが、西谷山 観崇院 大養寺 という浄土宗の寺があるらしいのです。これがちょっと不思議なお寺でして、インターネット上の寺院データーベースにはm94-23-01 F3251名前しか出て来ないのですが、「角川地名大辞典」には「大養寺門前」という項に、次のように記されています。『江戸期~明治2年の町名西久保を冠称浄土宗西谷山観宗院大養寺は田地を築き立てて現在地に慶長16年に開創,開基は秀忠の外室観崇院門前起立の年月は不明境内地のうち776坪余が町屋となり門前を唱えた町奉行支配になった年月は不明文政11年の総家数は52軒,うち家主11・地借4・店借31・空家6(町方書上)明治2年西久保八幡町に合併した現行の虎ノ門5丁目・・・』 これは、偶然見つけたのですが、この辞書の内容案内らしい頁です。 実際には、どういうことになっているのか、興味津々で歩いて居ります。中華料理のお店らしいのですが、何だかお寺のような飾りがついていますね。よく見えない? ちょっと拡大しましょう。

m94-23-00 F3252

獅子も居れば、龍らしいのもいます。中国伝来? それとも、寺の古材の活用? このあたりも、大空襲で焼けた場所だと思うのですが、いつ頃のものでしょうか?

この辺で左に入るのかな? と、路地に飛び込みました。案の定、寺の名前のある駐車m94-23-02 F3253場がありました。しかし、寺らしい建物はなかなか見えていません。きょろきょろしながら進んで行くと、金属の柵で囲まれた空き地(?)のような所に、表札がかかっていました。m94-23-03 F3255

 

 

 

一応、存在は確かめましたが、建物はどれが本堂なのか、全く分かりません。表札のあるところから塀越しに中を覗くと、何体かの石仏や石塔が見えました。m94-23-04 F3254

 

 

 

この後ろが高くなっており、上に白い建物がありますので、それが寺なのかも知れません。門を叩く程の勇気もなく、すごすごと(?)退散します。

m94-23-05 F3256 大養寺

m94-23-06 F3257再び桜田通りに戻ることにしましたが、歩いていて気が付いたのは、「空き屋」が多いことでした。「立入厳禁 巡回警備実施中」という札が、玄関の扉などに貼ってあるのです。 再開発前なのか? 地価が高すぎて売れ残っているのか? 田舎っぺには理解出来ません。m94-23-07 F3259

 

 

 

 

昔は、先ほどの地名辞典にもあったように、それなりの賑わいのあった場所なのでしょうが、どうなってしまったのでようね。近代化に撮り残された一画のようです。

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桜田通りに戻りました。あの歩道橋で、向こう側に渡ります。歩道橋からの風景・・・

m94-23-09 F3263

m94-23-10F3265歩道橋を渡り終えた所に地図がありました。 地下鉄の「神谷町駅」の傍にいるようです。字が小さいので、よく見えませんね。 右手、奥の方に「オランダ大使館」があるようです。

木瓜爺は、神谷町駅のあたりから右に入って、「専光寺」「光明寺」という寺を拝んで行こうと思います。名前の印象は、浄土宗系かな?先ほどの「大養寺」が浄土宗でしたから、そろそろ「浄土真宗」が現れるころです。

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