2015/03/30: 虎ノ門散歩; 木瓜爺撮歩94-26 萬年山 清岸院 と 森川山 俊朝寺 (No.2274)

DSCF6757 子滝桜ブログ用 木瓜爺の住んでいる羽村市にも桜が咲き始めました。ソメイヨシノは開花したばかりですが、福島県の三春から贈られた「滝桜の子供」は、見頃を迎え、散歩する人々を楽しませています。

撮歩の続きに戻ります。とりあえずエスカレーターに乗って、上の方を見てきます。あれ? 左の道に何かありますね。

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m94-26-04 F3300 俊朝寺発見

ははあ・・・あそこが「俊朝寺」らしい。それでは、こちらは何だろう?

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階段になりました。手すりがあるから、上がろう! お寺があることは確かです。

m94-26-06 F3302 清岩院

「万年山 清岸院」と書かれています。見たような名前だな・・慌てて地図を開きます。最初の地図には載っていない・・2枚目の地図・・・「萬年山 青松寺」というのはあります。ということは、「清岸院」は「青松寺」の一部なのでしょう。この「萬年山 青松寺」というお寺は、江戸の曹洞宗学問所があったお寺です。江戸には、「駒込吉祥寺の栴檀林」、「高輪泉岳寺の学寮」、「萬年山 青松寺の大学林」という3ヶ所の養成所があったそうです。明治期に、これを青松寺に一本化して「曹洞宗大学林専門本校」と名付けたようです。今回寄れなかったのですが、機会を見て、また遠征したいと思っています。ここは、青松寺の塔頭でしょうか? 新しい施設です。

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曹洞宗ですから、多分「お釈迦様」だろうと見当をつけて、合掌一礼。元に戻ります。

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エスカレーターの脇の道に入り直します。

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やはり、「俊朝寺」でした。こちらも「曹洞宗」の寺院だそうです。僧牛道が開基、明暦元年(1655)年の創建。本堂がちょっと変わっていて「宝形造り屋根、唐破風軒付け向拝。全体が塗り込まれる土蔵造りになっています。」という事です。

細かいことは分かっていないらしく、インターネット上には出て来ませんが、ここも「青松寺」末だそうです。土蔵作りの本堂にしたのは、火災予防かもしれません。このお寺にまつわる情報というと、昭和18年(1943)、仏子泰夫という方が、この寺の住職になった時、第6回新文展という展覧会に「裸婦立像」というブロンズ像を出品し、初入選なさったとか、ひょっとすると、これからお見せする観音様などもその方の作品かも知れませんねえ・・それにしても、住職さんが裸婦像では、もめなかったのかなあ?

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「俊朝」という方の住まわれた塔頭かな?

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境内には観音様がおられます。そして、本堂の脇に、墓碑が並んでいます。

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天水桶の紋は三つ葉葵のようですよ。本尊?「釈迦牟尼仏像」だそうです。 お参りをすませ、「天徳寺」に向かいます。途中の「摂取院」が見つかりましょうか?

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