2015/04/20: 羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-32 春祭の日【3.玉川神社とチューリップ畑】  (No.2295)

奥多摩街道を少し進むと、「玉川神社」です。

m73-32-01 F7085 玉川神社

ここは祭りらしい雰囲気が出ています。奥多摩街道に面しているためか、交通整理の係も何人もいますね。おまわりさんなのか、交通安全協会の方なのか、制服姿ですから区別がつきません。

この神社のことは、27- 多摩川河岸;木瓜爺撮歩84-15 羽村・玉川神社 (No.1999)で、書いております。もともとは、畠山重忠が勧請した「諏訪明神」なのですが、末社に「八雲神社」が入っている神社です。明治15年に、根岸地区にあった「日枝神社」を吸収したとき、「玉川神社」と名称変更したと説明されています。羽村一帯の「八雲神社」は、ほぼ同時期に編入されたと思われます。明治生まれの古老から、「稲荷神社」への「八雲神社」勧請のために、祇園神社まで大勢で出かけたという話を聞きましたが、いつのことかよく分かりません。八雲神社(稲荷神社)の山車を砂川町から購入したのが、大正8年あたりなので、その少し前か? おそらく、その頃に各地域へ分霊を置かせて頂く事をお願いしたのでしょう。

境内では式典の真っ最中で、御輿の担ぎ手が白装束で並んでいました。m73-32-03 F7092m73-32-02 F7090

 

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ここは、神主さんの他に巫女さんも来ておられるようです。羽村では、神官が常駐しているのは、阿蘇神社だけです。そこから来ている筈ですが、この日はかりは複数で対応されているのでしょう。

m73-32-05 F7096

境内から溢れている参拝客。リュックを背負った子供が多いですね。チューリップ畑を見に来た子供達が、こちらで引っかかったのでそうか? 東の八雲神社より活気に溢れています。この「田の上」「奈賀」といった集落は、新しく建てられた住宅が多い地域です。割合若い夫婦で子供のある世帯が増えていますので、子供の姿が他の地区より多く感じられます。m73-32-06 F7098

玉川神社の概要は、多摩の神社準備室より転記:『玉川神社 鎮座地 羽中4-1
祭神 建御名方命(たけみなかたのみこと) 大山祇命(おおやまつみのみこと)
旧格式 無格社  別当寺 神主宮沢氏持ち 例大祭 8月28日
解説
奈賀部地区の鎮守。 寿永年間(1182~85)畠山重忠の一族が信濃諏訪大社のご分霊を遷したのが創建。 天保年間 (1830~44)社家の火災のため文献を焼失し、江戸時代以前の姿は不明であるが、諏訪宮・諏訪大明神・多摩大明神と言われた。明治2年(1869)諏訪神社と改名。明治15年(1883)日枝神社を合祀し玉川神社と改める。
社殿は信濃諏訪大社下社秋宮東御宝殿を昭和61年(1986)に移したもの。ご神体の銅鏡は鎌倉時代の「松樹双雀鏡」である。また、明治10年(1879)佐々蔚によって西多摩学校が境内に開かれ、「大菩薩峠」の作者、文豪中里介山もここで薫陶を受けまた教鞭も揮った。その他明治17年(1885)奉納の甲源一刀流奉納額などが伝わる。』

ということで、この神社も、独自の御神輿が練り歩きます。では、段丘を下って、チューリップ畑を見に行きます。

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何のおまじないか、蛇篭がチューリップの上にいました。蛇篭というのは、この中に石を積めて、川の縁などに並べる治水用の道具です。チューリップを眺めながら、阿蘇神社の参道に向かいましょう。

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木瓜爺はチューリップらしいチューリップが好きなのですが、現在はチューリップ形にならない花ばかりです。

m73-32-09 F4296

m73-32-10 F4297

m73-32-11 F4311 チューリップ畑

阿蘇神社に近づいた時、神社参道の方から、リヤカーにのせたお茶屋台が出て来ました。どうやら御神輿か山車がすでに巡行されているようです。

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