2015/04/29: 奥武蔵散歩;木瓜爺撮歩08-08 武陽山 能仁寺 (No.2304)

能仁寺のことは、先日ご紹介しました、taji1325 ブログで、3回にわたり、主要な建物やm08-08-01 F7402 能仁寺内部の様子が記述されていますし、それとは別に、http://noninji.com/ というホームページでも克明に説明されていますので、いまさら木瓜爺が一々書くこともありません。ただ、木瓜爺が散歩した時に目に入ったものを眺めて頂きましょう。

南側の中央公園の方から参拝するとtajiさんの(4月 8日  飯能 「能仁寺」Ⅰ)の順m08-08-02 F7403序になるのですが、東参道からですと、途中に横から入るということになります。こんな所に出て来ます。多分、真ん中にみえる道が、中雀門の前に行くくらいの位置でしょう。

m08-08-03 F7404

 

 

右手を見ると、墓地が見えました。犬は入ってはいけないので、戌年の木瓜爺も入りません。m08-08-04 F7406

面白い形の門がありました。鐘楼が見えていますので、ふらふらと、入り込みます。m08-08-05 F7407

 

ありゃ? フレアーが出てしまいました。逆光ですが、ちょっとおかしい・・フィルターが汚れていたかな? この日のカメラですか? X20の方を使っています。ザックにはHS30も入っているのですが、山歩きの時に軽くて小さなX20だけで撮せそうかというテストみたいな気分です。

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あれが本堂でしょうか? 幾つも並んでいますね。前述のHPを見比べると・・・・、そのようですね。

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この屋根がずれた?ような建物が「大書院」だそうです。

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「本堂」にお参りします。左右に置かれた三本指?・・火焔ですかね・・直接的仏具ではなくて、彫刻家の作品のようです。狛犬の代わりかと思った・・このお堂、正しくは「福寿殿」というようです。曹洞宗寺院ですから、釈迦牟尼仏が本尊かと思っていたのですが、こちらはちょっと変わって、「蘆遮那仏(るびしゃなぶつ)像」だそうです。 この名前は、奈良の大仏様と同じです。但し、HPの写真では、冠を付けておられるようです。 どう拝めばよいのかな? えーい、曹洞宗だ・・・合掌一礼・・・。

m08-08-09 F7417新編武蔵風土記稿では、かなり詳しく書かれていますね。ただし、これは「飯能戦争」で焼ける前の状態です。『武陽山と号す。文亀年中斧屋文達禅師開山開祖にして、弘治3年丁巳3月晦日寂す。開基は即ち今の檀那黒田豊前守の先祖、丹冶山中勘解由左衛門尉直勝、(一に家勝に作る)法謚は能仁寺殿大年全椿大居士と称す。天正元癸酉7月25日卒す。二世格翁桂逸禅師に至り、初て越生の龍隠寺に属す。三世材室天良禅師、四世格外玄逸禅師に至るまで、勅特賜禅師号。天正19年寺領5石の御朱印を賜ふ。元禄10年常憲院殿の御世より、独礼の命を蒙り、同13年寺社奉行、及永平天梁禅師に請て叢林となる。此寺初め5石の御朱印なりしが、寛永2年改て十の字を加へて、50石の御文面を賜はる。住僧もまた乗輿の格となる。末寺20ヶ寺あり、其余つまびらかなることは下に書せる寺記に見えたり。文中に此寺創建の事実、寺記には家範府君と記し、鐘銘には家勝府君と勒す。其文の異なる所以を尋るに家勝府君創建とするものは、国家の珠恩を蒙り、創建の功徳なるをもて恣徳を其先考に推し及ぼす。孝思の厚きゆへなりとぞ云。
武州能仁寺記(寺記中略)
惣門。山門、武陽山の三字を扁す。これも前天台座主一品公弁親王書。元禄10年8月16日とあり、本尊寶冠釈迦、脇士は文殊・普賢の二尊なり。
方丈。小方丈。庫裡。
禅堂、本尊出山釈迦木の立像にて、長2尺2寸。弘法大師の作也と云。
江湖寮、本尊阿弥陀。
衆寮、本尊楊柳観音。
首座寮。
霊座、黒田氏歴世の位牌あり。
鐘楼、寛永年中鋳造せる鐘なり。(鐘銘中略)
寺寶。
伽羅木観音一体。金襴の袈裟一顆、明板薄紙。摺四書小本五冊、論語には全編常憲院殿手づからあそばせし朱點あり。以上の三品は13世泰州がとき賜はりしと云。
白山社。』

この当時は、本尊は「釈迦三尊」で、その他、お堂ごとにいろいろな仏様が祀られていたことが分かります。境内守護神社は白山神社だったようです。宗派も「天台宗」だったように思われますね。

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こちらは、「開山堂」の額がかかっています。開山された和尚さんが祀られているようです。境内には、飯能戦争などの説明板もあり、じっくり勉強出来ますが、このブログm08-08-11 F7442としては、ちょこちょこ挿入しているので割愛。中雀門の所に行きましょう。本堂の正面です。

この門を入る前に、左手に「不動堂」があります。そこにおられる「青色不動」のお姿を垣間見ることが出来ましたので、その話でお終いにしたいと思います。m08-08-12 F7441

 

左側をみますと、こんな参道が見えます。

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この参道入口の手洗所が面白いですね。意識して見ないと、単なる置物だと見過ごしてしまいます。

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入って行くと・・・由来書がありました。

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m08-08-15' F7435お堂の脇には、不動明王の真言がカタカナで書かれていました。これは有難い・・・ところが、左を見て真言の文字を読み、正面をみて唱えようとすると、もう忘れているのです。あれ? 何だったっけ・・これを繰り返すこと三度・・・やってみますか?

m08-08-16 F7434 青不動苦労して、唱え終わると、早速御利益が・・・

童子はセイタカ童子しか見えませんでしたが、鮮やかなブルーの不動様にはお目にかかれました。勿論ガラス越しです。

「のーまくさーまんだー ばさらだせんだん まーかろ さやたや そわたや うんたら たあかんまん」 ちょっと違うでしょう・・ひらがなで書いたのが木瓜爺が土曜日の朝詠むことにしているお経に出てくる「不動明王の御真言」なのです。このわずかの違いで、カタカナの方が覚えられなかったようです。頭が固くなってしまっているのですねえ・・・

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おなじみの山門です。仁王様もご健在。ここの仁王様は、金網ではなくて、縦方向だけm08-08-18 F7449m08-08-19 F7452のワイヤーで守られています。ワイヤーなので、レンズの先を差し込むことが出来るのです。これは大変有難い方式です。ですから、こんな具合に綺麗に撮せます。

この山門の横にお地蔵様が居られました。今まで何度も来たばしょですが、お地蔵様に気付いたのは今回が初めてでした。

m08-08-20 F7464

さて、かえろう! また、東飯能駅まで歩いて行くか・・・道を変えて、「諏訪八幡神社」「観音寺」などをたどりましょう。疲れたらバスに乗れる道を歩こう・・・

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