2015/04/30: 奥武蔵散歩;木瓜爺撮歩08-09 諏訪八幡神社と様々な境内社 (No.2305)

能仁寺から、南に進みます。市民会館を過ぎた所に標識。「飯能駅」方面に行けば良い筈です。そこには、「飯能郷土館」がありましたが、どこから入るのか? よく分かりません。

m08-09-01 F7471

m08-09-02 F7472 諏訪八幡

飯能郷土館の隣に神社があります。

m08-09-03 F7475

「諏訪八幡神社」は、tajiさんが書いていたから、飛ばそうかな・・と、ちょっといい加減な気持ちで、入って行きます。思い出したブログは、4月11日  飯能 「諏訪八幡神社」 です。たしか、この写真と同じような写真があった・・・

m08-09-04 F7476

ここは裏鳥居です。入って直ぐ左に恵比寿神社、右が「諏訪八幡神社」です。

m08-09-05 F7479

「諏訪明神」を勧請し、八幡様を合祀しして「諏訪八幡神社」にしたと書かれています。まず、近い方の「恵比寿神社」・・由来の説明が長い・・tajiさんもお手上げした長文ですが、「猫のあしあと」さんは克明に記述されていました。この長文の書き写し、すごいなあ・・・本当に感心しました。ありがとうございます。

要約してみましょう。『400年前の武州高麗郡中山村に、平安時代から続いた旧家、14代目の中山勘解由家範が信仰していた大日如来が、或る夜、夢枕に立たれて、「汝の舘は未申の方角(南西)に不吉の兆しがある。恵比寿大神を勧請して祀れば、諸災害を免れるばかりでなく、子宝にも恵まれるであろう」とおっしゃった。家範は、裏鬼門に守護神として祀っていた諏訪八幡社に恵比寿様の像を安置して信心したところ、長男照守と次男信吉に恵まれ、やがて兄弟は徳川家康に仕えることになった。兄は馬術の名手として2500石を頂く御旗奉行、弟は水戸家の筆頭家老にまで出世し25000石を頂いた。 この霊験を伝え聞いた善男善女は、福徳円満子宝恵授の神として参詣して賑わったが、安永5年に火災に遭い、そのときは信者達の力で仮社殿を再建したけれども、その後、領主の中山家が水戸の方に移ったこともあって、氏子達も離散し、次第に衰微していった。近年になって、武蔵野七福神の一つになり、浄財をつのって社殿を完成させることができました。』と、いった所でしょうか。

m08-09-06 F7480

m08-09-07 F7481

m08-09-08 F7482

ご神体は鏡のようですが、その後ろに尊像があるのかもしれません。

さて、お諏訪様の方ですが、表門から入り直しておきましょうか・・・神社は高台の上にあるのですが、鳥居は段丘の下の道に立っています。

m08-09-10 F7522 諏訪神社表鳥居

この石段を上がってゆきます。

m08-09-11 F7516

細長い境内、ちょっと曲がっています。右側にも境内社があります。ちょっと変わった名前です。

m08-09-12 F7508

m08-09-13 F7509

「正一位丹生大明神」・・何か思い出しませんか? 「丹生大明神」というのが記憶にあります。奥多摩の古里というところにあった神社です。Choi-Boke爺ちゃんのブログで、12- 木瓜爺撮歩66-2 古里・丹生神社 (No.1678)

ただ、あそこでは「正一位」がついていませんでした。どう違うのか? 調べて見ると、嬉野市塩田町というところに、「正一位丹生神社」というのがありました。「罔象女神」を御祭神とする水神様です。 もっと近くにもありそうなので、さらに探索。「上里」にも有りました。そこは「御祭神は岡象女神(みずはめのかみ)、埴山姫命(はにやまひめのみこと)他二神でいずれも水と五穀を司る神々となっています。」と説明されています。・・・これは、「水神様」である・・・ということにしましょう。この神社の神殿はかなり凝った作りになっています。木鼻なども本格的ですが、サングラスを掛けているのかなあ?

m08-09-14 F7513

この「丹生大明神」には「神木 丹生樹」があります。tajiさんのブログには写されています。なお、このtajiさんのブログに、「丹生神社」を調べてコメントしていました。それをコピーします。『「丹生」の文字に刺激されて、ちょっとネット調査・・・というのは、奥多摩町のどこかにあったという潜在意識です・・・古里に丹三郎という地名(同じなのソバ屋もあるけど)の場所がありますが、ここに「丹生神社」がありました。ほかに、小丹波のほうにもあるようです。もともと、「朱砂」(硫化水銀)の鉱脈がある場所が「丹生(にう)」と呼ばれたようです。「朱砂」は朱色の顔料であり、生成すると水銀がとれるという鉱物です。これを採掘することを生業とした一族(外来の一族のようです)が祀る神が「丹生都姫神(都比売乃命)」、紀州一ノ宮で「官弊大社」であった「丹生神社」 がおおもとのようです。』

お諏訪様の方に近づきます。狛犬は一対。

m08-09-15 F7503

m08-09-16 F7504

 

 

 

 

 

 

そして、神殿。天水桶装備です。

m08-09-17 F7499

m08-09-17' F7498

m08-09-18 F7483

m08-09-18' F7497前にあったのは祈祷殿で、後ろに本物の神殿があるようです。すけすけの柵なのですが、意外に厳重で、中がうまく写りません。中くらいの大きさの社でした。

社殿の横、やや後ろに、末社長屋があります。長屋ですが、一つ一つ神殿が置かれていました。m08-09-19 7485

 

 

 

 

全部写してあるのですが、変わり映えしないので、名前だけ並べます。向かって左から、「愛宕神社」「山祇神社」「荒神神社」「御嶽神社」真ん中の格子戸のなかは「琴平神社」、一番右に見えるのが「白山神社」です。ぜんぶ表札付きですから、大切に祀られているのだろうと思いました。

m08-09-20 F7519

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、石段を下って、観音寺に向かいます。飯能散歩は4月中に終わりませんでしたね。

広告
カテゴリー: 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中