2015/05/01: 奥武蔵散歩; 木瓜爺撮歩08-10 般若山 長寿院 観音寺 と 飯能・鬼子母神 (No.2306)

飯能散歩のパート1、今日で終了です。「般若山 長寿院 観音寺」。ここも飯能戦争で焼かれたお寺だそうですが、能仁寺の末ではなく、高麗の聖天院の末だそうです。現在の宗派は「真言宗智山派」に属するとのことです。

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諏訪八幡社から、ちょっと重くなった足を無理矢理引き上げて(?)東飯能駅方面に向かっています。お堂が見えて来ました。あれが「観音堂」かな? いや、真言宗だとすると、「大日堂」「不動堂」「大師堂」である可能性もありますね。この場所の住所は「山手町5-17」だそうです。

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ここが入口のようです。車の流れを気にしながら横断します。

m08-10-03 F7530観音堂

ここが本堂で、本尊が「如意輪観音」だそうです。つまり、本堂=観音堂です。この本堂、中が賑やかなようです。後ほどの資料をご覧下さい。観音様としては、高麗33ヶ所観音霊場の24番とのこと。「南無観世音菩薩」でお参りしておきます。

m08-10-04 F7531不動堂

こちらのお堂は「不動明王堂」だそうです。「弘法大師」がおられます。足元には例の「踏み砂」がおかれていました。

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で、不動堂のほうです。中が見えているのですが、よく分かりません。

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能仁寺で苦労した真言・・もう忘れてしまっています。まったく情けない・・・仕方がない「南無不動明王」にしておきます。なお、武蔵野七福神の「寿老人」は、この不動堂に祀られているというのですが、分かりませんねえ・・

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「観音寺」の説明板がありました。ご覧のように、本堂の中に、百観音もおられると書かれています。境内に祀られた文殊菩薩以下の仏様は多分「石仏」でしょう。

新編武蔵風土記稿を見ましょうか。『観音寺:般若山長寿院と号す。慶安年中観音堂領3石5斗の御朱印を賜ふ。新義真言宗、郡中新堀村聖天院末、中興開山長誉享保20年8月11日寂す。本尊不動を安す。
観音堂:如意輪観音を安ず。木の坐像にて長2尺2寸5分。弘法大師の作なりと云。
住吉諏訪菅神疱瘡神七ツ石。五坐合社。
薬師堂。     寺寶。瀧見観音画像一軸。可翁の筆なりと云、いと古色に見ゆ。』

当時は、「本堂に不動明王」があり、「観音堂に如意輪観音」。そのほかに「薬師堂」もあったようです。「飯能戦争」ですべて焼かれ、明治16年に、復興したのが現在の建物のようです。まてよ? インターネット上では、記事によって、本堂の認識が変わっているようだよ? どれを信じれば良いのか? 「猫のあしあと」さんは、不動様のお堂を「本堂」とし、観音様のほうを「福寿殿」と呼んでいます。「武蔵野33観音霊場寺院案内」というサイトでは観音様のおられる場所を「本堂」としています。

http://www.hanno-kannonji.com/  多分これが観音寺のホームページだと思いますが、ここでも、本堂=観音堂 とし、不動堂は不動堂としていますから、木瓜爺の説明で良いようです。

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m08-10-08 F7538境内に祀られている諸仏、全部写すと今日中には終わらないので、飛び飛びにします。これは? 手が何本? 如意輪観音でしょうか? 次のは「布袋様」ですね。m08-10-11 F7542

 

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、鐘楼みたいな所に白象がいました。

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観音寺のホームページには「昭和40年代にお檀家の方がお作りになられ、縁あって観音寺の鐘楼堂に収めさせていただきました。以来、観音寺檀家信徒の方々や飯能幼稚園の園児たちを優しく見守ってくださっています。」と書かれていました。

「観音寺」の山門は、木瓜爺が入った所ではなく、不動堂の正面になる場所にありました。その近くで、道標を発見。右側に「飯能鬼子母神」があると言います。

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m08-10-13 F7546鬼子母神

m08-10-14 F7547新しいもののようにも思えるのですが、寄ります。

「飯能鬼子母神は、ザクロの里飯能の象徴として、飯能商工会議所青年部が創立間もなく進めてきた飯能名物づくり事業の一環でもあり、尊像は、飯能在住の彫刻家、佐藤敏明氏の手により、地元西川在の日の木から創出され、御堂は現代の名工、吉澤良男氏をはじめ地元建設関連企業の熱意と、裏面に連名の多くの寄進による浄財で完成を見ました。周辺の飯能河原・天覧山と共に飯能観光拠点の一つにもなっています。(飯能商工会議所 青年部)」成る程成る程、鬼子母神の石榴を利用して、飯能の名物づくりですか・・尊像は拝見出来るのかなあ?肉眼では見られます。ガラス越しなので、カメラには見にくいです。m08-10-15 F7549

反射でよく見えませんね。お顔が少し写っていますが・・・

鬼子母神と石榴の関係がおわかりにならない場合は、Choi-Boke爺ちゃんのブログの下記にアクセスしてみてください。

http://kzmuraoka.wordpress.com/2013/01/31/

観音寺を出てひたすら駅方向に進みます。途中こんなものもありました。m08-10-17 F7554

 

 

「絹甚」というお店なのです。文化財指定になっています。

そして、飯能と東飯能の分岐点。木瓜爺は、東飯能に出ます。残す距離は同じくらいです。では、またいずれ・・・

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