2015/05/07: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-09 厚澤 御嶽山神社と 不思議な「育母かん音」 (No.2312)

ゴールデンウィークも終わりましたね。へそ曲がり木瓜爺は、今日から散歩開始となります。さて、小曽木散歩の続きです。

m61-08-13 F7659

赤い土の先に道路があるようです。「厚沢通り」でしょう。この通りに沿って、流れている小川、「小布市川」(何と読むのかな??)は、ゲンジボタルが生息している川だそうです。多分もう少し上流の話でしょう。このコンクリート壁では想像しにくい・・・

m61-08-14 F7663

この道を、西に向かった木瓜爺、また神社を見つけました・・いや、地図にも出ていたのですが・・・

m61-08-15 F7665 厚沢御嶽神社

これが、奇妙な神社でして・・・「厚澤御嶽山神社」 地図には「厚沢御岳山神社」とm61-08-16 F7669なっています。「御岳神社」ではないのです。「山」が入っています。なんだか「天祖山神社」のことを思い出します。ここも、私設神社?

鳥居の額を見るとこれが又おかしい。赤い鳥居には「御嶽社(注:御嶽神社の意味)」なのに、次の鳥居は「厚澤御嶽山神社」。ちぐはぐです。とにかく神殿に行って見ようと、入って行くと・・・玄関みたいな戸口はあって、なんと「本日休業」の札がかかっています。中に入れません。祭神なども分かりません。

なんとも、不思議な神社。要するに、普通の神社ではないと言うことです。不思議な事はまだあります。

m61-08-17 F7671

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この玄関前にあった仏像です。 諏訪の「万治の石仏」を思い出すような形です。

m61-08-18 F7674

頭を見ると、「肉髻」のようですね。これは「如来」の形式です。ところが・・・なのです。m61-08-19 F7675

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下部の銘板に書かれている文字は、「育母かん音」・・観音様だというのです。そりゃーないだろう・・・オマケに何の意味か、三猿までついています。申し訳けないのですが、全く理解出来ません。明治100年に際し・・昭和43年 となっています。

三人の女性の名前があります。像を建てられた方のようです。明治生まれのおばあちゃん方に思えます。「育母かん音」という言葉から最初に頭に浮かんだのか、「子育てに迷う母親を、ちゃんと育成する 育母書」という図書の事でした。昭和43年というと、「夫婦共働き」が増えて、子供を育てることに悩み始めていた時代ですが、まだ「育母書」はなかったでしょう。先見の明か? 銘板には、この想像とは違う事が書かれていました。「神ノ教へ 母ナキ児 母ナキ人 淋シトモ母ハ尊(とうとし) ツヨク正シク生テ(いきて)孝ヲナソウ」。( )は木瓜爺の読み補足です

母への孝養の祈願のようです。 推定ですが、この建設された方々、宗教的な知識は殆どなかったのではないかと思います。ただひたすら、何かを信じる境地におられただけ・・「子育慈母観音」という言葉の「育」と「母」だけ思い出されて、「育母かん音」と名付けられたように思われます。「阿弥陀様」の形をした「観音様」になったのも、そんな理由でしょう。三猿は、庚申塔の真似でもしたのか? 「見ざる聞かざる言わざる」では、お願いも聞いてもらえない、なんて事は考えなかったのでしょう。

面白かったけれど、なんだか変な物を見てしまった。 でも、今日現在、この神社のことを書いたものは、このブログだけかもしれません。

なお、「御嶽山神社」という名前を頼りに、同名の神社を探しましたところ、「御嶽教」という神道の一派があることを知りました。この教団は、奈良県に本部があり、信者は50万人ほどのようです。祭神は「国常立尊」「大己貴命」「少彦名命」の集団を「御嶽大神」としています。ネット上で発見した「御嶽山神社」は、須賀川市と柏崎市ですが、柏崎市の場合は『御嶽大神とは、国之常立神、大己貴神、少彦名神の三柱の大神等を総称して申し上げ、御一体と崇め尊び奉りまして、そのご霊徳、御神恵を尊信し、仰慕し、感謝し奉るのであります。』とズバリでした。須賀川市の場合は『御嶽山神社の御祭神:
天御中主神高御産霊神 神身産霊神  國常立尊四柱天地の大元乃源にます神なり
大國主命 財福生命一切の幸福を司る神  少名彦命 海上海幸医薬を教い幸います神
猿田彦命 道路を開き交通の守護神  豊秋稲荷大神 衣食住を司る財福の神
御祭神御神徳であります』と、ちょっと多くなっています。以上、参考までに書き加えました。

m61-08-20 F7684

「厚澤通り」も、土建屋さんの残土処分場になりかけている雰囲気・・・ホタルも危機じゃないのかなあ・・・

m61-09-01 F7685

杉でしょうか、伐採されている場所があります。住宅地になるのか? それとも・・

m61-09-03 F7688

土建屋さんの作業場らしき平地。奥の方に、素晴らしい建物・・屋敷門らしいものが残っています。これもいずれは取り壊されるのでしょう。青梅やあきる野では、所々見かける風景です。

m61-09-04 F7690

貴重な文化財のようにも見えます。

m61-09-05 F7692

ここも「土建屋」さんの作業場。石造りの五重塔・・お屋敷の庭にあったアクセサリーでしょうね、ぽつんと残されていました。

m61-09-06 F7698

かっては、田圃だったのではないかと思われる空き地。向こう側には、「小布市川」が流れています。

m61-09-07 F7701

またまた、残土置き場みたいな場所です。ここは、ランニング・ストックかな?

m61-09-08 F7702

望遠レンズで川の向こうを見ると、どうやら「ゴルフ場」のようですね。

m61-09-09 F7704

気にしていた事への青梅市からの警告が出ていました。「土砂等の処分を目的とした地形の改変は認めません」・・中途半端であいまいですが、気にはしているということでしょうか? ただ、お役所の仕事というのはこの先がないのです。つまり、PDCAが回らないのが通例。青梅市、ちゃんとPDCA回してね・・・

このあと、「高峯山 天寧寺」に寄って帰りましたが、天寧寺については、2014/06/10 のNo.1982 で書いておりますので、今回は割愛ということにしておきます。 明日からは、4月に歩いた狭山方面を書こうと思っています。

広告
カテゴリー: 里山, 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中