2015/05/14: 青梅街道狭山付近;木瓜爺撮歩98-22 馬場稲荷  (No.2319)

十二所神社から一旦南に進んで、へえーっ 山門みたいな門がありました。どうも不可解。ひょっとすると、十二所神社が創建されて暫くした頃、例の阿弥陀堂などを含めて、神仏一緒の施設があったのかも知れませんね。そういうものの名残が、あちこちに残っているのかも知れません。昨日ここは「A純正」だということにしましたが、純正ならなぜ、「十二所神社」という熊野系を思わす名前にしたのだろう?

「阿弥陀様」と「熊野社」は、後に時宗となった「一遍上人」達が「南無阿弥陀仏」を普及した時代(鎌倉期)にセット販売(?)していたのです。そう言う時代に、「十二所神社」が成立し、直後に「神道」を推進する神官によって、天神7代地神5代に改めた、と考える方が神社名としては納得できます。あくまでも、木瓜爺の想像ですが・・

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個人のお宅の庭の置物です。どういう意味合いかは分かりませんが、かわいい・・

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左折して、暫く進み、この辺かな・・で、再度左折。山の方まで続く道を北に向かいました。目印は地図上にある「コーポ」。それを見つけて、この道で良かったと安心。

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道路の右手に公園のような場所がありました。遠くに寺の屋根らしい物が見えます。そして、公園の手前に、小型の鳥居を見つけました。地図にはありません。

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神社の名前もありません。祠の中を覗くと、お稲荷さんのようです。

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m98-22-06 F4852鳥居の後ろを見ると、「馬場区自治会」の奉納となっていました。字「馬場」で守ってきたお稲荷さんなのでしょう。仮に「馬場稲荷」と名付けておきましょう。 明後日あたりに出てくるかも知れませんが、「横中馬獅子舞」という文化財(?)があります。この獅子舞、「横田」「中村」「馬場」の各地の氏神様を回ると言いますから、この神社の前でも舞われるのかも知れませんね。

ほんの少しで、「滝の入不動尊」の入口につきました。

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この「真誠山 心経院」、どう書こうかと迷っています。というのは、ぐるっと回って出てきた所に「撮影禁止」と書かれていたのです。最近の事らしく、今まで発表さているいろいろな方のブログには、何も書かれておらず、皆さん普通に写されています。最後に見つけた禁止なので、竜頭蛇尾の書き方にしておけば、極めて自然なのですが・・・

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