2015/05/21: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-10 虎柏神社と高峯神社  (No.2326)

青梅小曽木の「厚沢通り」を歩いた木瓜爺、次は「小曽木街道」に入ります。「寒念橋」という所までは、Choi-Boke爺ちゃんの「青梅フォトウォーク」と重複する部分がありますが、その先「新岩藏大橋」で岩藏街道にぶつかるまでは、歩いていない道(自家用車やバスでは通っています)でした。 歩いたのは5/11。東青梅駅からのバスで、成木街道からの分岐点「黒沢」まで行くつもりだったのですが、バスの時間と折り合いがつかず(?)、駅から徒歩に切り替えました。久しぶりに「根が布」の「虎柏神社(とらかしわじんじゃ)」にお参りして行きます。この神社は、Choi-Boke爺ちゃんのブログで、2月25日:青梅フォトウォーク第5回-1 虎柏神社 2011年のことです。 m61-10-01 F5056 東青梅南口側m61-10-02 F5061 東青梅駅の南口側に出てみました。大岳山がよく見えます。この駅のトイレは南口の交番横にしかありません。そこによって、出発準備を整えた次第。線路沿いに駅西側の踏切を渡って、成木街道を北に進みます。おなじみの石屋さんの仁王さんにも挨拶して・・・青梅では、こんな郵便ポストも現役で働いています。 m61-10-03 F5063           日替わりランチの店?空き地です。そこにキッチン車がやってきて、営業するのですが、「5/12開店」と書かれていまして、m61-10-04 F5064今日はお休みのようです。 「天寧寺」の方に行く道が右に分岐します。これを入ると、冒頭に出てきた「寒念橋」に出て行きます。 今回は直進です。m61-10-05 F5070       どんどん、進むと、バス停「諏訪神社」にでます。この「諏訪神社」というのが、実はm61-10-06 F5072 虎柏神社「虎柏神社」そのものなのです。この石柱にも書かれていますが、「延喜式内社」であることを売り物?にしている神社です。「延喜式内」という意味が分からない方は、木瓜爺ブログなどご覧にならないとは思いますが、一応説明しておきましょう。「延喜」というのは、元号なのですが、実際は次の元号である「延長5年(西暦927年)」に作られた「延喜式」という文書の巻9,10の部分、通称「延喜式神明帳」という、今の言葉で言えば「神社名鑑」があるのです。これに名前が載っているというのが、「延喜式内」という言葉で表されています。つまり、「927年にはすでに存在していた古社である」ということです。  では、「延喜式」そのものは何かということになると、木瓜爺も少々怪しいのですが、平安時代の国家における律令の施行細則を纏めたもののようです。「延喜式」以前に「弘仁式(820年頃)」「貞観式(870年頃)」などがありました。「延喜式」は全部で50巻ほどあり、そのうち1~10巻が「神様の関連」のようです。 m61-10-07 F5074 「市史蹟」の古い説明板です。「祭神は大年御祖神ほか・・」後回しにしましょう。多分もう少し読みやすいのが出てくるでしょう。 m61-10-08 F5073 割合小さい鳥居です。参道の直ぐ横に車用の道があります。少し先で、木立の中の登り道になりますが、そこに面白い石碑があります。なお、山の上に「高峯神社」という神社があるのですが、そこへの参道が付け替えられていて、廃止された旧道が所々、左手に見えます。 m61-10-09 F5079 m61-10-10 F5080 この石碑なのですが、「諏訪国之鄕」と彫られています。ここはお諏訪様の世界ですよ・・という意味なのでしょう。 m61-10-11 F5082               これが、高峯神社への旧道入口ですね。登って登れないことはないと思いますが、山の中、結構いろんな細道があってまごついた記憶があります。ですから新道の方が迷子にならないと思います。 右手に社務所や駐車場を見ながら、虎柏神社と高峯神社の分岐点に差し掛かりますと、説明板が現れます。これは、「東京都の指定史跡」です。こちらの方が新しいのは、「跡」の字で分かりますね。 m61-10-12 F5087 『古社ではあるが、1500年以降に、勝沼城主「三田氏宗」によって再興され、天正18年(小田原の北条が滅んで)、「淺野長政」が「諏訪神」「虎柏神」「疫神」を祀って「諏訪明神社」とし、小曾木村の総社にした。』ということですか。 「虎柏神」というのが何だか分からないなあ・・ちょっと長くなるけど、ゴメンナサイ。読めなかった看板に、「祭神は大年御祖神・・」とありましたね。この神様、「大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)」とも書きます。先日、静岡の浅間神社でお目にかかって?おります。11- 木瓜爺撮歩99-02 静岡 浅間神社(2) (No.2255) 稲荷神のお母さんです。もう一神、「惶根神(かしこねのかみ)」を加えて「虎柏神」になるらしいのです。この「惶根神」なる神様、実は「面足(おもだる)命」「惶根命(アヤカシコネ)」というご夫婦の神様(日本書紀に表現では「足名椎神」「手名椎神」・・これは、「大六天魔王」にされた神様です)の「アヤカシコネ」なのでしょう。・・いやあ、「虎柏神」って面白い! 女神が二柱、これは「農民が収穫を祈願する神様」なのだと思います。 さて、説明板の横に、山の上に向かって行く道があって、鳥居が立っています。これが「高峯神社」に行く新道なのです。標高差50m未満ですが、登山道です。一汗かいて登ると、石の祠があります。これが、「高峯神社」今回は体力セーブで、下から拝んでおきました。石祠は2011年の写真です。祭神は、正確なところは分かりませんが、多分「大山祇神」・・・先ほどの「大歳御祖神」こと本名「神大市比売(かむおおちひめ)」のお父さんでしょう。 m61-10-13 F5089 高峯神社鳥居 m61-10-14 高峯神社MA3_1709               Choi-Boke爺ちゃんは、「牛頭天王」かも知れないと言っておりましたが、これは本殿の中の八雲神社になっているでしょう。 2月26日: 青梅フォトウォーク第5回-2 高峯神社・谷津稲荷神社 「虎柏神」を研究?した木瓜爺は「大山祇神」を推薦。ただ、関西に多い同名の神社の祭神を調べると、国常立尊 伊弉那岐尊 伊邪那美尊 天照大神 月夜見神 稚産靈神 というような名前が並んでおりましたので、違うかもしれません。(注)この「高峯神社」は「源経基」という方の勧請で、諏訪神社、稲荷神社と一緒にこられたというので、信州の「高峯山」にある「高峯神社」のようです。そうすると、祭神は「高オカミ神」ですかね? また、ゆっくり調べて見ます。(5/22追記)

脱線を元に戻します。遠くに見えるのが、「虎柏神社」です。 m61-10-15 F5091 m61-10-16 F5093 これは「手水舎」。大きな岩に穴を掘って水入れにしていました。 神社の本殿 一棟が有形文化財になっているというのですが、どうせ覆い殿の中でしょうから・・・見られないでしょうねえ。と思ったのですが・・・ 明日のお楽しみにしましょうか・・m61-10-17 F5095 m61-10-18 F5098 姿が見えなかったのですが、石段を上がると、狛犬(獅子型)がありました。 m61-10-19 F5101 m61-10-20 F5099                   「阿」の方がウサギを捕まえている! 多分「子獅子」なのでしょうが、顔の所が欠けているのかウサギに見えて居ます。ただ、獲物のウサギだったら、尻尾を上げていないでしょう。・・・・続きは明日に・・

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