2015/05/24: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-13 「峰の橋」付近 (No.2328)

黒沢2丁目の交差点には、庚申塔があります。 m61-13-02 F5171 m61-13-03 F5170             右端の大きいのが「庚申」の文字がはっきり見えます。交差点からちょっと成木街道の方を進むと「高指稲荷神社」がありますが、今日は寄りません。ご覧になりたい場合は、Choi-Boke爺ちゃんのブログ・・3月1日: 青梅フォトウォーク第5回-5 高指稲荷・慈本寺・黒沢駅跡 で、ご覧下さい。 m61-13-04 F5172 「小曽木街道」を東北東に進んでいます。「慈本寺」は写真にならないお寺だったなあ・・ m61-13-05 F5174 「黒沢川」が流れていますが、この川が道路の下を抜ける(?)場所が「峰の橋」。川の上に橋を架けているのですが、「橋」という印象があまりないのです。川の方が勝手に下をくぐって行ったような感じがしてならないのです。橋そのものはあとで出て来ます。 古めかしいお屋敷が残っています。屋敷門と白壁の土蔵・・良い感じです。 m61-13-06 F5176 大きな音が追ってきました。「道路清掃車」の雑音でした。ブラシは動いて居ないのですが、まあうるさいこと。 m61-13-07 F5177 「峰の橋」という名前もいわくありげな名前ですが、由来は聞いたことがありません。ただ青梅ではかなり有名な橋らしく、「青梅を歩く本」など見ると、「黒沢駅跡」の説明にこう書かれています。「峰の橋の南西部の石垣がある平坦地は黒沢駅の跡です。淺野セメントは大正7(1918)年に、峰向および田ノ入(現在の黒沢1・2丁目)で採掘した石灰岩を東青梅まで運ぶために、黒沢専用線を敷設しました。しかしながら、埋蔵量が予想より少なかったため、大正9(1920)年採掘を中止し、大正11(1922)年には廃止になりました。」 m61-13-08 MA3_1827 これが「峰の橋」のネームプレートです。ここの西南というと、このあたりかなあ? m61-13-09 MA3_1828 駐車場に使われている広場の後ろが台地になっています。それとも、こちらかなあ? m61-13-10 MA3_1829 川の直ぐそばに平地があります。石垣もついているようです。「石垣がある」という言葉が当てはまるのは、こちらでしょうかねえ? この黒沢駅には、不思議な説がありました。東青梅から軌道跡をたどって来た方が、帰りのバスを待っているときに、住民に聞いた話として、「檜原神社の後ろに駅があった」というのです。檜原神社は峰の橋の北東にありますから、まるで方角が違うのです。大正11年までの話ですから、仮に4才の子供の記憶だとして、97才の人ですねえ? 大丈夫かなあ? 木瓜爺は青梅市教育委員会編の「青梅を歩く本」を信じます。 この後の方の平坦部の続きに面白い建物があります。赤い屋根が見えますね。あの一画なのですが・・ m61-13-11 F5179 川を渡って、行って見ました。 m61-13-13 F5184 表札は見あたりませんが、地図の表示では「柳内産業(株)」という「穀物商」の本社となっているようです。どなたか姿を見せてくだされば、聞いてみたいものが転がっています。 m61-13-12 F5182 何でしょうねえ? 前を通る度に写真を写してかえるのですが、未だに分かりません。 m61-13-14 F5186 ちょっと覗いて見ましたが、石垣の上の段に行く道などもあるようです。昔は、黒沢駅に関連したものがあった場所のような気もしているのですが・・・ m61-13-15 F5187 道路の方を見上げると鯉のぼりが泳いでいました。 m61-13-16 F5188 元に戻って、「檜原(ひはら)神社」にちょっとご挨拶。 m61-13-17  F5189 ここもChoi-Boke爺ちゃんのブログで書いておりますので、省略します。冒頭m61-13-18 F5192に引用したブログの翌日にあるはずです。バス停は「黒沢神社」と成っていますが、あるのは「檜原(ひはら)神社」です。「ひのはら」ではないのです。 ここまで来ると、すぐ「寒念橋」です。「寒念橋」とは「寒念仏」が行われた橋の意味でしょう。「寒 念仏」です。簡単にいうと、「僧が寒の30日間、早朝(太陽が出る前)に山野に出て声高く念仏を唱えること。のちには俗人も寒夜、鉦(かね)を打ちたたいて念仏を唱え、家々の門前で報謝を請い歩いた。」ということになります。 m61-13-19 F5193 ここには、石仏、石碑があります。お元気かな? m61-13-20 F5194 おかわりないようです。中央は「不動明王」でしょうか? 頭の所に「炎」があるように見えます。この向かって右の二つが、「寒念橋」の名前の元になった「寒念仏供養碑」なのだそうです。 m61-13-21 F5195 この寒念橋に来る道が、根が布から「天寧寺」の前を通って来た道です。

(追記:「檜原神社」について、新編武蔵風土記稿の記述を見つけました。面白いので追記しておきます。『檜原明神社 除地一段六畝十二歩 往還ヨリ北 小名峯ニアリ 小社上屋ヲマフク二間四方 神体 鉾石長三尺メクリ一尺三寸許 例祭九月十五日 神主ハ入間郡北野村天神神主栗原左衛門カ配下宮嶋左近トイフ』ところどころ分かりませんが、後神体は石の鉾だったようです。)

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