2015/05/26: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-15 山祇神社 (No.2330)

小曽木街道に戻り、少し東に進んだところに、トイレのあるグランドがあったように思うのです。

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ここだここだ・・「黒沢1丁目運動広場」です。

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横に水道もありますので、首に巻いていた「白熊くん」にも水補給しました。正確には「しろくまのきもち ネックバンダナ」ですね。「MGICOOL」が二本駄目になって、「しろくまのきもち」も二本目、一本1300円から1000円。たしか2009年頃から使いはじめたと思うので、寿命は2年(二夏)が限度のようです。水を含ませて首に巻いておく熱中症予防グッズ。m61-15-04 F5226

さて、また東へ。バス停「小枕」。この集落の自治会館に寄りたかったのですが、道の入口が分からなくて通り過ぎてしましました。地図を見たときに、その自治会館の奥に石段があって、その上が空き地になっていました。神社か寺院があったのではないかと思えたのです。次のバス停は「荒田」。その北東に「山祇神社」というのがあるようです。

m61-15-05 F5227 山祇神社

m61-15-06 F5228この辺かなあと、街道から北の山に入って行きました。何かありそうです。右上に鳥居がちらりと見えました。道無き道をこえ・・石段下に到着。上がります。m61-15-11 F5236

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとで読んだ石碑の文面を拝借。 「山祇神社由来  現地点より120m程奥地の山の中腹に有りし、山祇神社は、現在廃寺になっている寺の鬼門に当たる場所に祭られたものと推察される。境内の立木の状況等から推し測るに約350年ほど前に鎮座されたと思われるその山の神を便利で日当たりの良い場所に遷座したらとの話にはじまり、幸いにして根岸祐次、新井道之助両氏より土地を神社に奉納頂く事になり、急遽昭和63年8月起工祭並びに境内を整地に取りかかり悪天候の中 氏子各位の強力により目出度く完成、同年11月3日文化の佳き日に氏子中多数打ち上げ遷座祭りを挙行す。 昭和63年12月15日」

m61-15-07 F5230m61-15-08 F5231「山祇神社」という呼び方は、意外に少ないようで、「大山祇神社」が多いようです、飯能にある「山祇神社」での祭神は『大山祇(おおやまつみの)神、迦具都智(かぐつちの)神、宇迦之御魂(うかのみたまの)神。』でした。単に「山神社(さんじんじゃ、やまじんじゃ、やまのかみしゃ)」も沢山あります。同系統と考えてよいようです。m61-15-09 F5234

 

社殿は、ご覧ように、木製の神殿が納められています。

こちらの石碑が先ほどの由来が書かれて石碑です。

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「多摩の神社準備室」に纏めて頂くと『山祇神社 鎮座地 小曾木3-1831
祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと) 旧格式 無格社 別当寺 福昌寺?
例大祭 ? 解説: 山の神を祀った祠だが、かつては別当寺の鬼門除けでもあった。
昭和63年(1987)山の中腹より現在地に遷された。』 ここに書かれている別当寺の「福昌寺」は現存していますので、違います。別のお寺があった筈。

鬼門の方位という事から考えると、冒頭で書いた自治会館の奥の空地あたりが、寺であったのかも知れません。次は、「福昌寺」を訪ねましょう。

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