2015/05/30: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-19 地蔵様と稲荷神社 (No.2334)

昭文社版の青梅市の地図では、小曽木3丁目には「地蔵堂」「福昌寺」「八坂神社」の三ヶ所なのですが、ネット上でZENRINの地図をのぞきましたら、「八坂神社」から黒沢川に流れ込む小川をはさんで、西側に「稲荷神社」が記されていました。ただ、拡大しても明確な道が読めないのです。等高線的に周囲より一段高い場所にあるようです。いささか頼りないのですが、八坂神社をでて、ちょっともどり、西に行く道を進んで、小川ぞいに上流に向かってみました。すると、思わぬ方向、つまり道の左側に鳥居を発見です。m61-19-01 F5314

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、前に柵が作ってあって、入るな! の状態になっています。鳥居の横に小さな社が置かれています。これが、お稲荷さんです。

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ZENRIN地図の稲荷神社とは場所が違うことは確かです。

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鳥居の奥の方にも、社殿らしきものが立っています。その前に、狛犬があります。どうやら、廃止された神社らしい。八坂神社の前の道を進んで来ても、ここに出たらしいのですが、あるいは、こちらが元の場所だったのかもしれないなあ・・と、思いました。というのは、直ぐ横に、こんなものもあったのです。

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「地蔵尊」のおられる小屋です。横に立っている石碑には「昭和62年改修記念」と彫られていますが、由来的なものはなし。「大願成就」と書かれていますので、かなり古くからここに地蔵堂があったということは分かります。

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m61-19-06 F5323 地蔵尊

真ん中の大きいのが「主」でしょう。うんと小さいのは、願掛けに使われた地蔵尊ですね。こういうスタイルの願掛け地蔵尊は、青梅の梅郷にもありましたね。小曽木の歴史を書いた文献がないかと、ネット上で調べましたが皆無です。やはり図書館か歴史資料館で探さないと駄目らしい。この頃は、博物館などでも、コンピュータ依存なので、データーとして入力されていない文書はあっても出てきません。記憶のある人は、年取って卒業してしまったようです。m61-19-07 F5329

 

話を戻して、地蔵堂の脇には、灯籠なども残っています。このあたりがきっと「牛頭天王宮」の一画だったのでしょう。でなければ、廃止になった寺でもあったのか? お地蔵様に地図にある稲荷神社のことを伺ってみると、川の向こうだ・・では、橋をさがそうと、また逆戻り。やっと見つけて、小川の西側を進んでゆくと・・・見えました。

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小山の上です。ただ、道らしいものがないのです。畑の中を抜けて行くらしい。ところが、その畑の道に行くには、農家の庭に入って行くようです。面倒になりました。遠くから、望遠で拝んで(?)おきました。実際には、西の方に回って見たのですが、それらしい道も見あたりません。写真を写したあたりから、畑に入るのか、あるいはもう少し先から回り込むのでしょう。

m61-19-08 F5330 稲荷神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入り口ということから、赤い鳥居だし、個人の氏神的「稲荷神社」が少し大きくなったのか? 末社らしい祠が横に一つありますね。 探索は、又の機会と言うことにして、小曽木街道にもどりました。というのは、数少ない帰りのバスがそろそろやってくる時間のような気がしたのです。

小曽木街道は、青梅七小の所から北に進み、青梅六中の所で、東に向きを変えます。バス停を探しながら進んで行くと、「福祉センター」の表示。バス停としては、「中井橋」です。

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バス停にはお年を召したご婦人が二名。どうやら、カンがあたったようです。今日はここまでにして、世間話に加わって、バスを待ちました。

明日からは、久しぶりの「ときがわ町散歩」をはじめます。

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