2015/06/07: 続・ときがわ散歩;木瓜爺撮歩88-16 経王山宗信寺と壺中山松月寺 (No.2342)

嵐山町の道路標識は、徹底していました。自分の町のことしか書かないようです。

m88-16-00 F5508

木瓜爺はときがわ町の役場とか明覚駅の方に行きたいのですが、駅は武蔵嵐山方向しかありません。どうすりゃ良いんだ? 武蔵嵐山から東上線で戻ってもよいのですが、川越経由になるので、電車賃もだいぶかかりそうです。

地図の方を頼りにとりあえず、宗信寺に行きます。

m88-16-01 F5511

日蓮宗のお寺です。ネット上の情報はあまりないようです。ホームページ的なものでは、「鎌形の赤寺」と書いています。本堂の屋根を目印に来て下さいというところでしょうか。m88-16-02 F5512

入口の左側にこんな石碑が立っていました。「甲子(きのえね)大黒天」、嵐山の七福神でもあるのかな?横の字がちゃんと読めません。

m88-16-03 F5514

山門の前には、おなじみの「南無妙法蓮華経」の碑が建っています。山門をくぐると正面が本堂、左にお堂が二つあります。本堂は、なんと言うこともない普通のもの・・写真を写すのも忘れました。ホームページの方にも入っていないくらいです。

m88-16-04 F5515宇賀徳正神

m88-16-05 F5516 大黑堂

こちらのお堂が「大黒天堂」のようです。もう一つの方は、「宇賀神堂」というようです。

「宇賀徳正神」という神様が祀られています。この神様、日蓮宗のお寺で時々おあいしますが頭が老人で身体が蛇。「白蛇の神さまです。一般的には、幸福・利益・智慧・財力の神さまとして知られて居り、当山では、子育ての神さまとして伝えられています。」ある日蓮宗のお寺の説明をコピーしました。弁天様の冠のところにおられることもありますね。

残念ながら、木瓜爺が腰を下ろせそm88-16-06 F5521うなベンチもありません。水分補給だけして、他を探す事にして出発。街道の横に歌碑があったので、何かと覗きましたら「辞世の句」が刻まれていました。多分お坊さんか、信心深い有力者が・・

m88-16-07 F5525

どうやら、嵐山町を出てときがわ町に戻ったようです。これで、知っている地名の書かれた道標に出会えるでしょう。

それにしても、お腹が空いたなあ・・地図を見ると、この先に「松月寺」という、一二度立ち寄ったお寺があります。そのお寺の近くに、ラーメン屋などもありました。

m88-16-08 F5526

地図を発見。右上の方に「現在地」があります。真っ直ぐ左に進んで、川が接近した所で、左折すると町役場の所にもどるようです。

m88-16-09 F5528

おお、見覚えある馬頭観音です。ここまで来ると、「松月寺」の屋根が見えます。

m88-16-10 F5531

ラーメン屋さんの駐車場は満車でした。ここも他に店がないという強みを誇っているようでした。木瓜爺は、弁当のサンドイッチを食べることにしています。

m88-16-11 F5535

「壺中山 松月寺」。曹洞宗のお寺、住所は 玉川4747。Choi-Boke爺ちゃんのブログでは、1月22日:木瓜爺撮歩27-6 都幾川町・壺中山松月寺 (No.1110)

この時書けなかったことを追加しましょう。新編武蔵風土記稿の記述です。『松月寺 是モ前ト同末寺(注:越生の龍穏寺のこと) 壺中山ト号ス 薬師ヲ本尊トス 開山ハ本寺十八世洲珊嶺渚ナリ元和八年寂ス』元和8(1622)年以前に開山されたと言いたいわけです。『鐘楼 寛延2年(1749)鋳造ノ鐘ヲ掛ク』

m88-16-12 F5537

ここの六地蔵様はリーダーが端に居られます。

m88-16-13 F5538

「ご無沙汰いたしております」とご挨拶。

m88-16-14 F5540

本堂にも礼拝・・・薬師如来とは存じませんで、失礼いたしました。

m88-16-15 F5542

風土記稿に書かれた鐘楼はなくなってしまったようですが、もう一つお堂があります。何かはっきりしませんが、「立春大吉」「鎮防燭」という札が貼ってあります。お寺の鎮守様です。火災予防なら愛宕神社とか秋葉神社というところかと思ったのですが、新編武蔵風土記稿では『稲荷社』と書かれています。とにかく、松月寺の鎮守様ということにしておきます。(*注記:yuichi さんにコメントで知らせていただいたのですが、このお堂は「坪木堂」という札所にあった観音様のお厨子を納めたお堂だそうです。その厨子の写真も一部写してありますが、あまり感心できない写りなので、載せるのは止めて置きます。) 山門の外を回って、このお堂の横の石垣に腰を下ろしました。

m88-omake F8254

まずこういうもので、手を拭き、やっとサンドイッチにありつきました。おむすび三個というタイプの昼食は、もう出来なくなって来ました。結び一個にパン一個というような食事を用意して、二回に分けて食べることも多くなってきています。以前は、非常食をかねて余分に持っていましたが、最近は、遭難する心配の少ない所しか歩きませんので、予備は精々カロリーメイトを一箱持っている位です。ただ、コンビニや食堂の無い場所を歩くことが多いので、手ぶらということはしません。何かは持っているということです。

あとは、ひたすら歩いて、数少ない八高線の時刻に間に合わせること。膝がおかしくなってペースダウンしたのに、予定より早くなりそうです。理由は、やっぱり「義仲産湯清水」のメインの場所を見なm88-16-16 F5545かったためでしょう。

一服つけていると、パトロールのモズが睨んでいました。大丈夫だよ、ポケット灰皿ちゃんと持っているから。・・そろそろ、出発。

m88-16-17 F5553

川を渡ったのは、「玉川橋」でした。町役場に着く前にまた花菖蒲園に迷い込みましたので、是幸いと、郵便局のところにショートカット。無事、電車の時刻の10分前に明覚駅に戻りました。

m88-16-18 F5565

この次は、むこうに見える愛宕山の方に行こうかな? ときがわ町の愛宕山って二つあるのでした。雷電神社の方に行こうかな・・と、訂正します。勿論、いつか撮歩番号三桁に突入させて、嵐山町中心部にも行きますよ。なんて口だけは元気なのですが。
明日からは、小曾木の続きを書く予定。

2,3日前、NHKのTVで、ときがわの事を放映していましたが、その中で、5/31に書いた「カヌー工房」が取材されていて、びっくりしました。そうと知っていれば、寄ってコーヒーを飲んでくるのだった・・・

広告
カテゴリー: , 寺社, 散歩 パーマリンク

2015/06/07: 続・ときがわ散歩;木瓜爺撮歩88-16 経王山宗信寺と壺中山松月寺 (No.2342) への3件のフィードバック

  1. yuichi より:

    松月寺境内のお堂について、入比坂東三十三観音札所を紹介しているHPにありました。
    13番札所の坪木堂にあった厨子を収めたが、今は朽ちてしまったとか。
    http://busyu339.comyu.org/dx/ir_fd/st520/index_98o4.html

    • bokejii より:

      なるほど、このお堂が「坪木堂」の厨子が納められたお堂なのですね・・・分からなかったです。 お堂の中には、あまり大きくない古い(見た目では安っぽい?)箱のような厨子が立っていました。あれが問題の厨子ということでしょうか・・

  2. yuichi より:

    坪木堂について。今、龍福寺阿弥陀如来像の横に安置されている菩薩形像が、かつての坪木堂本尊なのではと思った時期がありました。この像は私が子供の頃には現在の場所に無かったと思います。木瓜爺さんもかつて紹介されていましたね。
    坪木堂本尊は盗難で失われたとの事。見当違いでしょうか。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中