2015/06/09: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-21 龍昌山 高徳寺 (No.2344)

バス停で二つほどでしょう。診療所前にやってきました。

m61-21-01 F8293小曽木診療所

このちょっと先を左のはいるのですが・・・入って行くと、高い場所にお堂(これが鐘楼だったのです。上にあがると見えなくなることに気付きませんでした)の屋根が見えました。寺の名前を彫った石柱も見えます。どこかに石段があるでしょう。

m61-21-02 F8296.jpg 高徳寺

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この石段のようです。上がって行きます。

m61-21-04 F8300

「龍昌山 高徳寺」 ここも「新編武蔵風土記稿」に名前のあるお寺です。現在は曹洞m61-21-05 F8302宗に属しています。風土記稿では『高徳寺 除地四段六畝二十五歩 小名中居ニアリ 是モ本山前ニオナジ(天寧寺のことです) 龍昌山ト号ス 本堂五間ニ七間 南ニ向カフ本尊ハ薬師ニテ木ノ坐像長一尺八寸ナルヲ安ス 開山ハ本山(天寧寺)ノ十世了室ト云フ僧ナリ 寛永二年六月六日ニ示寂セリ』と記されています。

禅寺らしい地蔵菩薩。もしかすると教祖「道元」さんの象徴かも知れませんね。なんとなく良い感じ。六地蔵様もこんな具合に並ばれています。あれ?五つしかない?

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失礼しました。正面から・・

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山の中腹のお寺ですので、本堂の前はそれほど広くありません。

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夏の支度が進んでいます。「すだれ」に「よしず」。干してあるのは、漬物用の大根か? こちらは、生活感のあるお寺ですね。

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本堂の扉が少し隙間をあけて下さっています。拝みます。

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高い位置に、薬師如来でしょうか・・・ちょっとぶれていますので、判然としません。

風土記稿の記述を信じて「オンコロコロ センダリ マトオギソワカ」

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もう一つ「甲子堂」があります。「大黑様」がおられるのでしょう。ネットで「甲子堂」と検索すると、お菓子屋さんが出てくるだけの為か、この高徳寺を訪れた方のブログをみても、「甲子堂があります」だけで解説なしですね。

米沢市小野川町に「甲子大黒天本山 寶珠寺」というお寺があります。「甲子大黒天」というのは一つの言葉になっているのです。それで、「大黑堂」の代わりに「甲子堂」と云うこともあるのです。こちらも、多分、大黒天のお堂でしょう。そうそう、「大黒天」の縁日が「甲子の日」だというところもおおいですね。ちなみに「甲子神社」となっていれば「大国主命」が祭神です。

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前の景色を眺めています。遠くに大きなお寺の屋根らしき物がありますね。あれは・・・思い出しました。先ほど道端で、こんな標識を見ていました。

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「天理教」の教会があるのです。今回はパスします。

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高徳寺本堂の正面に、石段が着いていました。帰りはここから下りました。下り終わって、再び、合掌一礼・・・「山神社」に向かいます。
他の方のブログを拝見していましたら、一人の方だけ「鐘楼」を写されていました。そういえば、最初の写真で「寺名の石柱」の横に、鐘楼の屋根が写っていましたね。うっかりしました、ゴメンナサイ。

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