2015/06/10: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-22 山神社 (No.2345)

位置的には、高徳寺の鬼門を守るような方角に、山神社は有るのですが、道路としては、一旦小曽木街道にもどり、次の道を左に入って行くようになります。m61-22-01 F8319

鳥居はすぐに見つかりましたが、神社があんなに奥の方になるとは・・・

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鳥居の手前に、池のようなものがありました。どこかに湧水があるのでしょう。

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石柱には「山神社」鳥居の額にも「山神社」となっています。石段を上りながら、ちょっと神様のお話をします。「山神社」は「大山祇神社」とか「山祇神社」とかいう神社と同じです。祭神は「大山祇神(おおやまつみのかみ)」。「大山津見神」と書かれることもありますが、この方は「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」の御子の一人です。そして「木花咲耶姫命」の父君に当たります、神社としては、「三島神社」や「大山祇社」の祭神です。ここまでは良いのですが、名前が非常によく似た神様がおられます。それが「大山咋尊(おおやまくいのみこと)」。この方は、「日吉神社」「松尾神社」「日枝神社」などの祭神。ネット情報でよく利用するウイキペディアでは、この全く別神である二つの神様をごっちゃにして書いてあります。明らかな間違いなのですが、訂正が行われていません。「大山咋尊」は「大山祇神」の「ひまご」あたりになる神様です。

「大山祇神」は、山や海そのものの神様なのですが、「大山咋尊」の方は、「咋」の字が「杭」を意味することから、山の地主神、農耕や治水の神とされるので、逆に「大山祇神」とまちがえられてしまうようです。

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だいぶ登って来ました。左上は墓地になっています。右の方に物置小屋のような物がありますが、その先の右側に、鳥居と、石段が待っています。

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m61-22-06 F8328これが、結構長い石段なのです。最初の石段と合計すると、90段位になったでしょう。

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こじんまりとした社殿でしたが、額が面白いデザイン?です。

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真ん中に「山神社」左右は榊をさした花瓶でしょうか? こういうのは、滅多にお目にかかりません。石段を上がりきったところに、狛犬が一対ありました。

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素朴な彫りですが、表情があって面白いです。

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社殿の屋根も変わっていますね。めったに見かけない形です。神社建築の様式には囚われないここだけのオリジナルですね。横から見たところも写しておきます。

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「多摩の神社準備室」では、こう記述しています。

『山神社  鎮座地 小曾木4-2816  祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと)
旧格式 無格社  別当寺 高徳寺?  例大祭 ?
解説: 古武士地区の人々によって祀られた祠。 詳細不明。』

この記述で、「古武士」は多分「小布市」か「小虫」の聞き違いだろうと思うのですが、高徳寺が「中居」でしたから、ちょっと疑問があります。境内社的なものはないようです。山の神様らしい素朴さ・・また、山歩きが出来るようにお願いをしまして、下ります。m61-22-13 F8342

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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墓地があると書きましたが、そちら側にちょっと入って、神社を写してみました。これが雰囲気を捉えた写真になりました。いかにも「山神社」でしょう?この神社は、新編風土記稿にはありませんので、明治以降に作られたものでしょう。続いて、高い場所から眺めた集落の写真。m61-22-15 F8348

ちょっと脱線します。自分では分からないのですが、ご覧頂いている「木瓜爺ブログ」には、ミズノのトレッキング・シューズの広告がついているようですね。木瓜爺は、山歩きには必ずハイカットシューズを使用しています。肉親が60才くらいの時、足首を捻挫して、それからがっくり体調を崩したのを見ているので、足首の用心をしているのです。68才で山歩きを再開したとき、低山用に履いたのがミズノのトレッキング・シューズだったので懐かしく広告を眺めました。これをはきつぶし、代わりを買いに行ったときに、登山靴と同じメーカー、AKUにして、それを2足はきつぶして、4足目を買うとき、ミズノの方が安いだろうと探しに出かけたのですが、AKUの型古在庫(3足目と同じモデルの売れ残り)が安いですよといわれ、それにしました。5足目はミズノに戻る ような気がしていますが・・・靴より先に命のほうがすり減るかも知れませんね。脱線終了です。

小曽木街道に戻って、次のバス停「東京炭坑」というのを見つけます。不思議な名前ですね。その先に「御岳神社」というのがあります。これが「新編武蔵風土記稿」に出てくる「蔵王権現社」らしいのです。

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