2015/06/13: 青梅小曽木;木瓜爺撮歩61-25 岩藏温泉 湯の権現 (No.2348)

岩藏御嶽神社から小曽木街道に戻ったところに、岩藏温泉の五番目の宿、「多喜山館」たきやまがありました。この旅館、ホームページはあるのですが2013年9月依頼更新されていません。つぶれてしまったのでしょうか。建物は綺麗ですし、周辺も乱れてはいないのですが、全く人気を感じません。写真は営業していた時のものですが、今はポスターなども皆無でした。

m61-25-00 F8435岩藏には、「新編武蔵風土記稿」にも書かれている遺跡があります。『岩藏古蹟 温泉より少く南一町許を隔て丘上にて小笹原の中にあり岩をもてたたみあけ倉庫となせり 往昔 何人のしわざなることを伝えず 鎧一領を倉中に納めおきたり (後略)』この鎧はのちに武蔵御嶽神社のほうに「日本武尊の鎧」として奉納されたようですが、「この藏を守っていた者の主君の鎧だろう」と。風土記稿の取材者は書いています。この風土記稿の古蹟は、古風な石倉ということだったようですが、それがどこであるのかははっきりしません。ただ、「温泉の南南西 200m程の丘の上」に「岩藏住居跡」という遺跡が今もあるのです。これが、同じ場所であるように思われます。つまり、昔から「古蹟」とされていた場所を発掘したら「住居跡」が見つかったというのは良くあるケースですから。

m61-25-01 F5598「岩藏住居跡」には、「新岩藏大橋」からでも行けるようですが、道がはっきり分かるかどうか心配だったので、温泉鄕の方から回って行くことにしました。

この信号の所で右に入ります。すぐに、「黒沢川」を渡ります。

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温泉らしく「湯場橋」。この橋を渡る直前川沿いに左にゆくと、「かわ村」という旅館があります。この旅館は、土蔵造りの建物が売りのようです。

m61-25-03' F5627かわ村

「湯場橋」のところで、川の様相は一変します。下流を先にご覧にいれます。m61-25-04 F5625

魚道なども備えたコンクリートの川になっています。上流側はというと、昔の形・・・m61-25-05 F5626

岩藏温泉の源泉は、黒沢川の支流にくっついた形になっているようで、ここからは全く見えません。道をちょっと進むと、儘多屋旅館。この儘多屋の前に、「ゆば」というコーヒー店が出来ていました。儘多屋の別館みたいなものです。

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まず、「史跡岩藏鉱泉」の碑です。昭和の時代には、温度の低い温泉は「鉱泉」と呼ばれました。「新編武蔵風土記稿」にはこう記されています。『温泉 北の方 小名岩倉にあり 相伝ふここは古一村なりしといへとさせる証もとし 民戸二十七軒許あり 此傍より水流出て至って冷水なり 疝気の病にてなやめるか或いは骨をしくき身を打ちたるの類を直すること甚効験ありよいえり。風呂湯にして湯壺三尺あまり』

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「疝気」の病の解説はしませんが、簡単にいうと下腹部が痛む病気・・・「疝気の虫」というイタズラ者がおりまして・・・落語の世界に入ってしまいますが、検索すると分かるようです。そして、儘多屋の前に、湯の権現もあります。こちらが「湯の権現」社。

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「日本武尊、東征の折、この温泉で身を清め天神地祇を御嶽神社にまつり、岩をたたみあげた藏へ鎧一領を納めたので、岩藏という名がついたとの伝説がある。・・・」先ほどの新編武蔵風土記稿が出て来ました。

最後の所が問題箇所「湯井は深さ130cm 直径125cm、その上に「湯の権現」が祀られている。アルカリ性単純泉で泉温12度である」 つまり、この神社の下が源m61-25-11 F5639泉井戸になっているようです。

社殿の中は、扉が見えるだけです。

所で「湯の権現」とは何者? 風土記稿には記述はありません。

と、こんな記録が目に止まりました。「熊野神社旗竿取替 桧一本御嶽神社殿・・・」つまり、ここは「熊野権現」なのです。「熊野権現」の祭神というのは、集団ですから「熊野大神」ということにしておきましょう。熊野権現を温泉の神様とする例は、各地で見られるようです。

m61-25-12 F5641なお、インターネットで「湯の権現」を検索すると「儘多屋」の頁が出て来ます。そして、店の中に「奥多摩新四国88ヶ所の第十一番」があると書かれていました。

神社の脇には休憩所なども作られていますが、付近には、公衆トイレはないようです。喫茶店「ゆば」で一休みして下さいということでしょうか?

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ままだや

さーて、遺跡探しに行きましょう。

「儘多屋」の次は、「司翠館」。ひょとするとここが一番元気かも知れません。老人向けの企画をつぎつぎ出してくれます。「平日限定ミニ会席3240円」「シニアプラン お食事コース3500円、ご宿泊得々コース8640円」等々。送迎バスで青梅の七福神を回ってくれるなどという有難いのもありましたが、今はやっていないようでした。

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司翠館

これはパンフレットからの借り物写真です。最後は、「鍋屋旅館」なのですが・・・

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平成27年2月に「岩藏観光協会」がホームページを作ったことを書きましたが、岩藏の温泉宿のリストには「鍋屋旅館」が入っていません。ここは、曾ては日帰り入浴の営業などもしていたのですが、平成24年で打ち切りました。現在は、「休業中」ということで、ひっそりしていました。 つまり、五軒あった旅館が三軒になってしまったのですね。観光協会のリストは、「かわ村」「儘多屋」「司翠館」でした。

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