2015/06/24: 青梅散歩;木瓜爺撮歩64-13 新町・御嶽神社付近 (No.2359)

青梅市新町というと、最近出来たように思えますが、江戸時代の新田開発期に作られた町で、「新編武蔵風土記稿」でも、「新町村」として記述されています。『新町村は郡の北にありこの辺野上鄕と称するよし土人いへりと外に此の鄕名をおひし村もなけれはをほつかなし』野上鄕だというけれど、たしかではないと見ています。「野上村」はありましたが、其の横は、当時は雑木林くらいだったのでしょう。野上村の人々は「野上鄕」としたかったのかも知れませんが、それよりも「吉野織部の開拓した新町村」のほうが通りがよかったのだろうと思います。m61-34-01 F5835新町御嶽神社

この「新町村」にあった神社は「蔵王権現社」、寺院としては、「東禅寺」「鈴法寺」が書かれています。「蔵王権現社」は「新町・御嶽神社」の前身でしょう。そして、先日歩いた小曽木・御嶽神社(蔵王権現社)の懸仏1枚を借りて、神体とした神社に違いないでしょう。

この神社のことは、Choi-Boke爺ちゃんのブログの、17- 木瓜爺撮歩64-5 新町・御嶽神社 (No.1652) に詳しく書いたつもりなので、さらっと、お参りして行きます。

m64-13-02 F5837

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狛犬君は元気なようです。また来たよ・・・今日は、少し足に来ているようだけど・・年を考えなさい・・・なんて、慰められている木瓜爺です。御嶽神社の前身、「蔵王権m64-13-04 F5839現社」としての、「新編武蔵風土記稿」を読んで見ます。『覆屋 四間四方 拝殿一間半に二間 鎮座の年歴しらず 御朱印三石の社領を附せらる当郡羽村の神職 宮川左京の持ちなり』

へーえ、宮川左京って、羽村の阿蘇神社のところに書かれている神職さんですよ。相当離れた所まで出張されていたのですねえ。

風土記稿に挙げられている神社は、「蔵王m64-13-07 F5843 天神様権現社」だけなのですが、その後、沢山の神社が集められたようです。町造りの関係でここに集結させたのでしょう。

直ぐ隣にあるのが、「天神社」です。そして小さく写っているのは、「水神様」ですね。「水神様」の写真はどれだっけ?m64-13-09 F5846

右の写真ですね。明るく写したら、貫禄がなくなりました。19-木瓜爺撮歩64-7 新町・天神社と水神様 (No.1654) の方が、貫禄のある写真になっています。 さらに、塩竃神社があります。塩竃神社は別の鳥居が設けてあります。

m64-13-11 F5853

狛犬も別の一対がいます。先ほどのものより新しい時期に生まれた顔つきです。社殿の写真は、このブログに載っています。18- 木瓜爺撮歩64-6 新町・塩竃神社 (No.1653)

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では、神社を出て、前の「大井戸公園」に行きます。

m64-13-15 F5858 新町大井戸

羽村にある「まいまいず井戸」と同じタイプの井戸です。昔はポンプアップが出来なかったので、地下水をつるべで組み上げられる位置まで人間が入って行かねば成らなかったのです。下におりてみましたが、蓋があって、中は見えませんでした。

だいぶ時間をつぶしてしまったので、「鈴法寺跡」は飛ばして、「東禅寺」まで行きましょう。

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