2015/07/30: 青梅街道狭山付近;木瓜爺撮歩98-38 谷津熊野神社 (No.2395)

今、向かおうとしている熊野神社は、中藤3-23-1にあります。最近、木瓜爺が「新編武蔵風土記稿」を国会図書館からのダウンロードでちょびちょび入手するようになった原因の一つが、この神社にあったのです。木瓜爺がネット情報として利用させて頂いている寺社DBのメインは、「猫のあしあと」と「多摩の神社準備室」であることは、しばしば書いておりますが、たまたま、この熊野神社に関しては、両者の記述が著しく異なっていたのです。特に、「猫のあしあと」に引用されていた「新編武蔵風土記稿」の記述が「これおかしい?」と首を傾げさせるものでした。確認する意味もあって、前述のダウンロードがはじまったのですが、理由は意外に簡単に分かりました。中藤村には、熊野社が二つ書かれていました。「小名中村」の熊野社と「小名内中藤」の熊野社です。ここは、「小名内中藤」の熊野社であるのに、「猫」ちゃん(?)は、ニャーンと思ったか、中村の方を書いていたのです。中村というのは、中藤村の坤の方向(南西)です。つまり、木瓜爺ブログの

18- 青梅街道狭山付近;木瓜爺撮歩98-26 中村 熊野神社 (No.2323)

なのです。

ただ、多摩の神社準備室の方で気に成ったのは、摂社のことでした。この谷津熊野神社に「摂社に蚕影山神社と稲荷社がある」と記載されていたことで、これは、「中村 熊野神社」と全く同じなのです。分かるかどうか心配ですが、やっぱり、自分の目玉で見て来なくちゃ・・・なのです。それで、お地蔵様の早く帰れのオサトシに逆らって、歩いてしまったわけです。

m98-38-01 F9146熊野神社

鳥居が見えて来ました。もっと山の中かと思っていましたら、里の中でした。

m98-38-02 F9148

m98-38-03 F9151確かに熊野神社です。武蔵村山の説明ポールを見ます。

「愛宕神社」と合祀されて「谷津の鎮守」となったと書かれています。新編武蔵風土記稿には、愛宕神社の記載はないようです。

『熊野社 除地同ジ邊ニアリ(小名内中藤のことと思われます) 上屋二間四方 社前ニ鳥居ヲ立 傍ニ寮ヲ設ケリ 二間半四方ナリ』 この「寮」が分からなかったのですが、「多摩の神社準備室」で調べてくださっていました。後で出します。

m98-38-04 F9152公会堂

ここも、公会堂が造られていました。

m98-38-05 F9154

社殿の下に来ました。狛犬などはないようです。

m98-38-06 F9156

「額」がかかっていますが、これが読みにくい・・・多分「熊野神社御廣前」。どういう意味でしょうね? 「廣前」というのは「神様の前庭」というような意味合いのようです。

境内社は向かって左に2社、右に一社です。

m98-38-10 F9166

左方(向かって)は「愛宕神社」と「正一位稲荷神社」のようです。文字が薄くなっているので、誤読しているかも知れません。右方ははっきり分かりました。

m98-38-07 F9159

一番右は、「熊野神社神輿舎」です。内側が「御嶽神社」です。ここで、冒頭にあげた二つのDBの記述を紹介します。

まずは「猫のあしあと」さん。写真は合致していますので省略しました。

『中藤熊野神社は、武蔵村山市中藤にある熊野神社です。中藤熊野神社の創建年代は不詳ですが、明治時代に入り愛宕神社を合祀、小名谷津の鎮守となったといいます。 中藤熊野神社の概要  社号:熊野神社 祭神:伊弉諾尊、天照大神、速玉男命 合祀- 境内社:御嶽社、愛宕社 住所武蔵村山市中藤3-23-1』 御嶽社と愛宕社と書いてあります。

次は「多摩の神社 準備室」さん

『谷津熊野神社  鎮座地 中藤3-23  祭神 伊奘諾命(いざなぎのみこと)   天照皇大神(あまてらすおおみかみ)  旧格式 無格社  別当寺 真福寺
例大祭 8月30 31日
解説:江戸時代には精進堂という修験道の寮があり、修験者が祭祀をおこなっていたと思われる。摂社に蚕影山神社と稲荷社があるが、蚕影山神社はもと精進堂内にハタゴ神として祀られていたもの。稲荷は個人持ちの屋敷神が合祀されたもの。
m98-38-08 F9161明治時代に愛宕神社を合祀し谷津の鎮守となった。 社殿には原山神明社の神職で陰陽師でもある、指田摂津正藤詮筆による「熊野権現」の額がある。』こちらは「蚕影社」「稲荷社」。

木瓜爺の確認した境内社は「愛宕神社」「正一位稲荷神社」「御嶽神社」でした。神殿の内部については、今回は分かりませんでした。境内にもう一つ大物?が有りましたよ。「大砲の弾」。

御嶽神社の中を写した気がする。これかな?m98-38-09 F9164

 

 

御札がありますね。あれが「御嶽神社」の御札なのです。ですから、もしかすると、横の箱の方は、別の神様かも知れません。つまり、「準備室」の方に出てきた「蚕影」さん。中村の熊野神社には「蚕影神社」が存在していましたね。

さて、そろそろ帰ろうかと思ったのですが、山の上で、「木花咲耶姫命」が、「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」・・何を見せたいのだろう? 山の上に「谷津仙元神社」があるのです。ひと登りして帰ろう・・・暑いですが、山は多少、気温がさがるべえ・・・水は飲んでおきましょう。

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