2015/08/10; 八王子市館町;木瓜爺撮歩81-09 龍見寺の不動堂 (No.2406)

2015/8/6 亡母の月命日だし、「月遅れ盆」も近いし、お墓の草むしりでもしてくるか・・管理者のいる霊園ですから、放りっぱなしの墓地ほどひどくはなりませんが、それでも墓碑の回りにはたくましい雑草が生えてきます。一応芝生が植わっているのですが、その間から、畑の隅に生えてくるような草などがニョキッとでていたりするのです。困るのは、草には全く無関心な墓もあるので、放っておくと、そこから種が拡散することです。ともかく、自分の領域だけは草を抜きました。腕時計の温度計を見ると、34.2℃ です。墓に水を掛けて洗い、ついでに自分の頭にも給水!

雑談ですが、先日書いた「ウォーター クールベルト(ネッククーラー)」今年の購入品は「駄目な代物」でした。制作者が、ユーザーのほしい機能を勘違いしているようなのです。この商品、含ませた水が長持ちすることを重点にデザインされたらしいのですが、これは、本来の水分の気化によって体温を下げるという機能を殺しているわけですね。ちっとも涼しくならないのです。保水は凄く、単体で物干し竿に干して、一日経っても、まだ乾かないのです。 どういうことになるかというと、いつも湿ったままですから、カビが発生しました。「首にカビをまいて」・・・確かに寒気がしてきますけれど。

昨年まで使っていた「MAGI COOL」「しろくまのきもち」はそんな馬鹿な事にはなっていませんでした。「しろくま」は、半日首に付けていると乾いてしまうので、水のある場所で濡らして使っていました。使用感としては、「MAGI COOL]がよかったですね。ほどほどに冷たさも長持ちしますし、乾かそうとすれば、ちゃんと乾きました。韓国製で、今は通販のみになったのか? 調べて見ると、今年は、殆ど売り切れのようです。仕方がないので、昨日、ロングTシャツを買いに行ったついでに、類似品を探し、「冷感バンド」という名のものを買ってきました。これは、「高吸水繊維」というものを中綿のように使った製品。「ゲル」方式のものよりは、早く乾いてしまいますが、まあ使えそうな気がしています。ただ、この「高吸水繊維」なるものが曲者でして、完全乾燥出来ないと、カビ用水分になってしまうかも知れません。「カビ防止」の配慮がどの程度考えられているか? 2,3週間比較検討です。

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「熱中症に気を付けろよ」、熱中症に強いお地蔵様に見送られて、浄泉寺を出ました。久しぶりに「龍見寺」に行って見ます。「新編武蔵風土記稿」の「舘村」には、三つのお寺が書かれています。出てくる順に書きますと、「寶泉寺」「浄泉寺」「竜見寺」。現在もこの三寺は健在です。このうち、「寶泉寺」は広大な霊園経営が主体になっている雰囲気で、寺散歩の対象にはなりにくく、道から眺めるだけです。

消えてしまったものとしては、「塔頭求宗院」・・浄泉寺の塔頭です。「龍見寺」には、「大日堂」「弁天堂」などが記載されています。浄泉寺にも龍見寺にも「鐘楼」があるとなっていますが、現在はどちらも鐘楼はなくなっています。

もう一つ、「不動堂」という記述があるのです。『不動堂 村の東 字不動坂ニアリ 百姓源右衛門カ屋敷ノ内ナリ 二間四方ノ堂ニテ本尊ハ木ノ坐像 長五寸許 傳云 武田信玄 此像ヲ今福某ニ授ケシニ カノ今福ナルモノ当村ニ土着シテ ツヒニ此所ニ安置セリト 源右衛門ハ則今福某カ子孫ナリト云 信玄ノ麾下ニテ今福浄閑斉 同求之助 同新左衛門 ナトハ諸記ニ見エシ人ナリ コレラノ一族ニテモアルヘシ サレト名■モ傳ヘサレバ詳ラカナラス』 ■は木瓜爺が読めなかった字です。

今福浄閑斉というのは、隠居後の名前で「今福友清」。この三男が武田家滅亡後、徳川家に使えますが、末路は不明です。この辺に隠遁したのかも知れませんね。

この「村の東にある字不動坂」現在の地図では分かりませんが、龍見寺のさらに東側には、大規模住宅開発が行われた場所があります。おそらく其の辺りにあった不動堂なのでしょう。

Choi-Boke爺ちゃんのブログで、「竜見寺」を訪れたのは、2012/5/30 でした。5月30日:光輝山龍見寺を探す

この時、龍見寺の大日堂の横で「不動堂」を見ています。ひょっとすると、この「新編武蔵風土記稿」に書かれていた「不動堂」がここに移築されていたのかも知れません。

m81-09-01 F6689浄泉寺から、東に歩いています。

湯殿川にかかる橋のことですが、浄泉寺の所から真っ直ぐ北に下ったところにある赤い橋は「明神橋」。これは、「御霊神社」を明神様と呼んだ時代の名残でしょう。其の下流の橋が「四ッ谷橋」。これは、この辺りの小名である「四ッ谷」から来た名前でしょう。名前の通り、このあたり山筋と谷筋が入り組んでいます。ここは中間の平地部分。畑になっています。里芋ですね。

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この先、右側か小高くなります。龍見寺を探した時は、台地に上がって、畑を突っ切り、下って大日堂に行きました。そのとき台地に上がった道が、これでしょう。

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この間、「淡島神社」を探した時も、ここを入っています。09- 八王子散歩;木瓜爺撮歩81-06 館町 淡島神社 (No.2253)

m81-09-04 F6699今回は、別の道を見つけます。道なりですが、どんどん東に進むと、「湯殿川」にぶつかりました。そこの橋は「和合橋」でした。ここで、橋を渡らず、反対方向に進みます。龍見寺の帰りに通った道なので、ある程度覚えていました。m81-09-05 F6700

この和合橋の付近は、昔、湯殿川に堰を造って、水を取り込み、水田を造ろうとしたことがあるようです。現在の地形からは、よく分かりませんが、そのうち歩いて見ましょう。m81-09-06 F6701

綺麗な花ですが、亞熱帯に咲くような花ですね。日本中が、亜熱帯に入ってしまったような、今年の気温。北海道まで暑くなってしまったら、木瓜爺のとっときの避暑別荘用の土地も無意味だなあ・・実は、亡母がだまされて(?)買ってしまった価値のない土地が、北海道に少しありましてこれを片付ける方法がないかと、少しばかり頭を悩ませています。価値がないのだから、買ってくれる人もいないわけでして・・・相続費用(名義書換)だけ、負の資産なのです。全く、土地屋というのは碌な事をしない・・・

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この石垣がつきる所から右に入るのです。

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m81-09-09 F6707見えました。大きい建物が「大日堂」手前が「不動堂」です。斜面の小径を見つけます。

この小径のようです。左側は龍見寺の駐車場になっています。

不動堂の手前に、もう一つ小さな社が置かれていました。何の神様か分からなかったのですが、龍見寺のHPの中に、こんな記述を見つけました。『周囲が宅地開発がすすむなかで、龍見寺周辺だけが緑の風に包まれた感じである。本堂の坂を上って大日堂、天神堂、不動堂、山王様』・・・これによると、「山王様」のようです。ただし、別の所にもう一つ石祠を発見しましたので、違うのかも知れません。

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まず、最初の「山王社」らしきものから・・・

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ご覧のように、何も見あたりません。そして、不動堂です。m81-09-13 F6714不動堂

ガラスが破られていました。m81-09-14 F6716中は、ご覧の通り、何もありません。

五寸の不動明王なら納められる大きさの「祭壇」がついています。推定の手がかりになりそうなものはありませんが、新編武蔵風土記稿に記載された。舘村「不動尊」かも知れない・・・という事にしておきましょう。

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